青空にかかる二階席上空の屋根。聳えるような神宮球場のバックスクリーン。ひしめきあう観客。響く場内アナウンス。
すう、と大きく息を吸う。
──野球が満ちている。
存分に肺に行き渡らせてから、名残惜しむようにゆっくりと吐き出した。
選手がグラウンドに入ってきて、球場がひときわ沸く。ベンチに入る時、一也くんがスタンドのわたしをちらっと見上げた。なに? と首を傾げ視線で問う。彼は右拳をトン、と胸にあて、一度だけ頷いた。相変わらず不敵な笑みが浮かんでいる。
──ちゃんと持ってく。
昨日の言葉が蘇る。
まだ試合前だというのに、胸が熱い。その熱さに負けてしまわないように、メガホン片手に大きな声援を送る。
先攻が青道、後攻が稲実だ。
初回、青道が一点を先制したものの、以降は互いにスコアにゼロを並べ、膠着していた四回裏。遂に試合が動く。
セットポジションで球威が落ちた降谷くんから、立て続けに二点を奪われ逆転を許してしまった。そのまま五回裏で丹波先輩へと交代する。しかし交代したばかりのここを狙われ、さらに一点を追加される。
点差は二点に広がった。
六回に入り、兄の投球が変わる。
これまで四球しか見せてこなかったチェンジアップを、この回だけで五球も投げているのだ。
なぜ、急に。
その意図を考えていると、六球目のチェンジアップが投げられた。またか、と思った矢先。その六球目が僅かに浮いたのを、わたしは確かに見た。
「あっ」
思わずガタッと立ち上がる。
「苗字さん?」
「あ⋯⋯ごめんなさい。高島先生、その、お兄ちゃん、もうチェンジアップ投げないかもしれないです⋯⋯六球目、少し浮いてましたよね⋯⋯?」
「⋯⋯浮いた?」
わたしはこくんと頷く。
「これまでの試合でも、多くて十球くらいなんです⋯⋯チェンジアップ投げてたの」
恐らく兄のチェンジアップは、球数が多くなると浮いてしまうことがあるのだ。そうか。だからこその、チェンジアップ多投を避け、かつ印象づけるためのピッチング。
もし、そうなのだとしたら。
「⋯⋯そのこと、クリス君は?」
「⋯⋯知ってます。今のを見るまではただの憶測だったんですけど、きっと、クリス先輩も気づいているはず、です」
それでも憶測の域は出ない。チェンジアップはもう投げないだろうと踏むというのは、つまり、チェンジアップを捨てるのと同義だ。監督がそう判断するかどうか⋯⋯
スタンドにいるしかできない自分がもどかしい。もっと選手の近くに行きたい。そんな傲慢が顔を出す。
七回表の三度目の結城先輩の打席も兄に抑えられてしまい、結城先輩ですら反撃の糸口を掴める状況に、青道ベンチの空気が明らかに重たくなった。
そんな時だ。
「まだまだあ! まだまだまだまだ試合はこれからですよ!!」
沢村くんの明るく元気な大声が響く。
「まだまだ〜〜〜〜! どんどん攻めてどんどん守っていきましょう〜〜〜!」
ここぞとばかりにわたしも便乗する。
ベンチ前で沢村くんをぐりぐりとどついていた伊佐敷先輩が、驚いたように顔を上げた。
「うお、スタンドにもうるせえのがいやがった! 待っとけ! 絶対逆転してやるからよ!」
「お願いします〜〜! 信じてます!」
こういう時は、馬鹿みたいに真っ直ぐな大声が、馬鹿みたいに真っ直ぐな信頼が、意外と効いたりするものだ(兄談)。
守備につこうとグラウンドに出てきた一也くんと視線が合う。任せろ、と。その目はそう言っている気がした。
しかし七回裏、丹波先輩が足をつるというアクシデントが襲う。そこで登板したのが──沢村くんだった。
二死走者一・二塁という、交代したての沢村くんにとって厳しいピンチを、彼は度胸満点の投球で凌ぐ。
スタンドが一気に沸いた。
「おーしおし! おーし!」
思わずわたしも彼の口癖を真似てしまうほどに、沸いた。