「これからも、そうであってほしい。お前の中に、お前の見る先に、⋯⋯俺を置いてて」
「⋯⋯一也くんが望んでくれるなら、いつまでも」
夢なのかもしれない。でも、それでもいい。そんな気さえしてしまう。
彼は少し力を抜いて、夜空を見上げた。
「は〜〜〜今日言うつもりじゃなかったんだけどな。けど、あんなお前見てたら⋯⋯ちょっと耐えらんなかった」
「なんであの時は黙ってたの?」
「それはほら、格好つかないし⋯⋯色々あんだろ」
「あはっ、ばかだなあ」
愛おしい。苦しい。愛おし過ぎて苦しい。
守りたいなと思う。
わたしはちっぽけだ。出来ることなどたかが知れている。それはわかっている。それでも、守りたいなと。そう思ったのだ。
馬鹿と言われたのが気に障ったのか、再度彼の手が伸びてきて、両頬をこれでもかと潰される。その潰れ方といったら先程の比ではない。
「何だって? もっぺん言ってみろ」
「んん、いひゃい」
彼の指でむにゅむにゅと頬が変形する。しばらくそうして弄ばれてから、彼の手が離れる。
「これからはもう、我慢しねえから。覚悟しとけよ」
「お、お手柔らかに⋯⋯」
言葉とは裏腹に切なく細められた彼の瞳が、わたしの瞼をなぞる。その跡を指先が辿った。
「冷やさねえと腫れちまうな」
「いいの、明日と明後日は練習お休みだし──」
言い終わる前に、彼の唇が瞼に触れた。その酷くやわらかい感触に、わたしは飛び上がる。
「⋯⋯っな、な、」
「お前⋯⋯そんな赤くなんなよ、こっちまで照れる」
も、もう限界です。急にこんな、恋人みたいな。いや、世間ではこれを恋人と呼ぶのか。⋯⋯恋人? わたしと一也くんが? え?
ひとしきり悩んたのち、恋人とは罪深きものだなあ、と謎の悟りを開くに至った。
「俺さー、鳴に一発くらい殴られんの覚悟しといたほういいかな」
「そ⋯⋯」
そんなことないよ。
そう言い切れず、視線を泳がす。
思い出すのは数時間前のこと。試合後のインタビューを終えた兄と、ちょうど会うことができた。
『お兄ちゃん、ナイスピッチ。すごかった⋯⋯お兄ちゃんは、ほんとにすごい。甲子園おめでとう』
『⋯⋯そんな泣きそうな顔で言われても嬉しかないね。だから俺が連れてってやるって言ったのにさ』
『⋯⋯ふふ。お兄ちゃんだって目赤いよ』
『るせっ! 』
青道の敗北は言い尽くせぬほど悔しい。しかし、兄の甲子園は心の底から祝福できた。
よかった。
笑っておめでとうと言えてよかった。
兄ならば。てっぺんだって取ってこれる。昨年の雪辱を晴らし、あの時到達し得なかった景色を。
踵を返した兄が、数歩進んでぴたと足を止め振り返った。数歩分を戻ってきて、突然わたしの身体をぐいっと引き寄せた。
兄の肩口に顔が埋まる。
『⋯⋯絶対獲ってくっから。てっぺん』
『⋯⋯うん』
『だからお前のその想い、俺に持って行かせて。あと間違っても一也の前でそんな泣き顔見せないこと!』
『え、わたしそんな酷い顔⋯⋯? わかった気をつける』
『⋯⋯⋯⋯全然違え』
何かと一也くんを目の敵にする兄である。しばらく──少なくとも甲子園が終わるまで──は、内緒にしておこう。
さもなくば一也くんの命が危ないかもしれない。
「何だよその憐れむような顔は」
「いえ⋯⋯兄が毎度ご不便をおかけしてます」
「まあ、あいつがどんだけお前のこと大切にしてるか知ってるし。そんくらいは甘んじて受けるよ」