12.Restart


 よく、晴れた日だった。自然と目が醒めて、カーテンの隙間から溢れる光に目を細める。むくりと身を起こした。


「⋯⋯今日から、か」


 新チーム始動の朝は、なんとなく地に足が着かない心地だった。落ち着かない気持ちを抑えグラウンドに出ていくと、礼ちゃんに声を掛けられた。


「御幸くん。苗字さんのことなんだけど」
「⋯⋯何?」


 思わず怪訝な返事をしてしまった。名前とのことはまだ誰も知らないはずだが、咄嗟に身構えてしまった自分がいた。それを気取られた。


「フフ、悪い話じゃないわ、警戒しないで」
「⋯⋯⋯⋯」


 決まりが悪い、という言葉がぴったりだ。がし、と頭を一度掻く。


「あの子、投球練習に付き合わせたら?」
「え?」
「あら、聞いてない? あの子、予想してたのよ。稲実との試合、四打席目の無双モードだった結城くんに成宮くんが投げたチェンジアップ」
「⋯⋯は?」


 鳴のチェンジアップのフォームは、ストレートと全く同じだ。クリス先輩と名前が何度も何度もビデオを観ていたが、それでも癖は捉えられなかった。

 なのに、予想した?


「本人は何でわかったのかわからないって言うのよ。成宮くんだったからなのかもしれないけど⋯⋯何かいいことが起こりそうな気がして。クリスくんもいなくなっちゃったし、あなたも身体はひとつだけだから、投手全員をいっぺんには相手出来ないでしょう」
「あいつのこと借りていいの?」
「これもマネージャーの仕事の一貫ね」


 フフ、と笑う彼女の顔は、沢村の言うところの「悪い顔」になっている。 


「そういうことなら、遠慮なく。あいつに言ってみる」


 例え鳴のそのくだりが第六感的なものだったとしても、それを差し引いても名前の力を借りられるのは大きい。一にもニにも、ウチの投手には癖が強くて扱い難いのが揃っている。

 ドリンクの準備をしている後ろ姿を見つけ、頭にぽんと手を乗せつつ声をかける。


「はよ」
「っ、びっ、くり⋯⋯おはよう」


 大きく肩を跳ねさせた名前が、振り返る。その頬の染まり具合に、俺は苦笑いを溢した。


「お前⋯⋯何もしてねえのにそんな赤くなっててどうすんだよ⋯⋯」
「免疫がまだつきません⋯⋯」
「あんだけ積極的だったのにな、ははっ」
「ぐうの音も出ない⋯⋯!」


 こいつ、こんなに可愛かったか?
 一挙手一投足、一言一言が可愛くて仕方がない。しかしこの場で抱き締めるわけにもいかず、行き場を失った手で前髪を掻き回してやる。

 その時だ。

 厄介な男が近づいてきた。「はよー、名前ちゃん」と声をかけてから、さらっと問うてくる。
 

「お前ら何かあったのか?」
「「え?」」
「何か雰囲気違くねえ?」


 本当に目敏いやつだ。時折見せる倉持の敏感さには舌を巻く。人のことを、本当によく見ている。


「何かって?」
「そりゃお前、具体的にわかんねえから何かなんだろーが。なあ名前ちゃん?」
「えっ、わたし? いや、あはは」
「ほらな、やっぱ変だろ」


 完全に視線が彼方此方へ泳いでしまっている名前を倉持は指差して、確認するように俺に言った。


「まあ、こいつが変なのはいつものことだし」

 俺は誤魔化すように言う。

「何か今、聞き捨てならないセリフが」

 それに反応する名前。
 その様子を観察する倉持。

 これはバレるのも時間の問題かもしれない。
 隠すつもりはないのだが、新チーム始動のタイミングでもあり、まだ馴染まない新キャプテンでもあり、できればあまり表立たせたくない。

 というのが正直なところだ。

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