13.砕けた星屑、爪痕の花


「ったく、何ムキになってんだよ、らしくねえぞ」
「だって聞いてた?! あの人! 皆やおじさんたちのこと、あんなふうに!」
「どーどー。落ち着け」
「落ち着けません!」
「お ち つ け」
「んむ」


 むぎゅっと鼻を摘まれた。
 離してよ、と意を込め目線を上げると、「やーっとこっち見た」と彼は苦笑した。


「俺らのために怒ってくれたんだろ? サンキュな」


 鼻から指が離れる。優しい声音だ。
 あそこでわたしが突っかかってしまえば、彼らの評価を下げてしまうところだった。止めてもらうまで気づかないなんて、恥ずかしい。

 大きく深呼吸をし、気を静める。


「⋯⋯皆、真剣に野球やってるのに」
「うん」
「なのに、あんな、色恋に現を抜かして、野球を疎かにしてるみたいな言い方」
「まあ、色恋はあるけどな」


 にっ、と意地悪な笑みを浮かべ彼は言う。言い返せず、じとーーっと彼を見上げる。確かにわたしは一也くんを追いかけてここに来たし、今となっては恋人としてみてしまうことは否めない。

 しかし部活と混同は出来る限りしないように心掛けている。つもりだ。野球には変わらず真剣に真正面から向き合っている。つもりでいる。


「ははっ、そんな目で見んなって。俺らがそういう関係なのは事実なんだし」
「あ⋯⋯そうだ」


 この言葉に、彼に聞きたかったことがあったことを思い出す。


「そういえば一昨日ね、カルくんと話してて迷ったんだけど」
「カルロス?」


 会話を聞かれる範囲に人がいないことを確認し、口を開く。


「一也くんのこと、その、⋯⋯恋人って言っていいのかなあって。ちゃんと確認してなかったから」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯あれ?」


 突然むすっと唇を結んでしまった彼に不安が募る。違ったのだろうか。わたしの一方的な早とちりだったのだろうか。いや、でも、そんなはずは。

 クーラーボックスを提げたまますたすた歩き出してしまった彼を、慌てて追いかける。

 早歩き、はやっ⋯⋯!

 ひとり競歩中の彼はベンチにドサッとクーラーボックスを置き、今度は用具室へ足を向けた。キャッチャー防具でも取りに行くのだろう。

 用具室に入ったところでようやく追いつき──つまり彼の早歩きとわたしの小走りが同速度というわけだけれど──、防具の棚を弄る彼の横に並ぶ。


「一也くん? だ、だめだった?」
「⋯⋯お前、カルロスと電話するような仲だったか?」
 こちらは見ずに、彼は問う。

「あ、一昨日は、お兄ちゃんがぶん投げちゃった携帯をカルくんが拾ってくれて、その流れで──」


 不意に、彼の手のひらがわたしの頬に添えられた。怒っているのかと思っていたから、思いがけない優しい手つきに驚く。


「⋯⋯彼氏でも恋人でも何とでも言って良いから、名前に近づくなって言っとけ」


 そのまま指先が滑るように頬を撫でる。何かを強く堪えたような、それでいて切なそうな。そんな双眸がわたしを映している。

 ああ、──なんて嬉しいんだろう。 


「ふふ、一也くん、意外とヤキモチ焼き屋さん」
「⋯⋯悪ィかよ。お前はいいの? 俺が他の女子と電話してても」
「それはすごくいや」
「はははっ、清々しいほどの即答」


 想像するまでもない。凄く嫌だ。控え目に言って彼はモテる。何と言ってもこのルックスに、この野球である。試合では自他校問わず黄色い声援が耳に入ることだってある。心が狭くたってなんだっていい。

 すごく、いやだ。


「ごめんね、気をつける」
「ん、」


 ちょいちょいと手招きされ、もう一歩彼に近づく。といってももともとすぐ隣にいたわけだから、つまり──ぎゅうと抱きついた。

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