「ったく、何ムキになってんだよ、らしくねえぞ」
「だって聞いてた?! あの人! 皆やおじさんたちのこと、あんなふうに!」
「どーどー。落ち着け」
「落ち着けません!」
「お ち つ け」
「んむ」
むぎゅっと鼻を摘まれた。
離してよ、と意を込め目線を上げると、「やーっとこっち見た」と彼は苦笑した。
「俺らのために怒ってくれたんだろ? サンキュな」
鼻から指が離れる。優しい声音だ。
あそこでわたしが突っかかってしまえば、彼らの評価を下げてしまうところだった。止めてもらうまで気づかないなんて、恥ずかしい。
大きく深呼吸をし、気を静める。
「⋯⋯皆、真剣に野球やってるのに」
「うん」
「なのに、あんな、色恋に現を抜かして、野球を疎かにしてるみたいな言い方」
「まあ、色恋はあるけどな」
にっ、と意地悪な笑みを浮かべ彼は言う。言い返せず、じとーーっと彼を見上げる。確かにわたしは一也くんを追いかけてここに来たし、今となっては恋人としてみてしまうことは否めない。
しかし部活と混同は出来る限りしないように心掛けている。つもりだ。野球には変わらず真剣に真正面から向き合っている。つもりでいる。
「ははっ、そんな目で見んなって。俺らがそういう関係なのは事実なんだし」
「あ⋯⋯そうだ」
この言葉に、彼に聞きたかったことがあったことを思い出す。
「そういえば一昨日ね、カルくんと話してて迷ったんだけど」
「カルロス?」
会話を聞かれる範囲に人がいないことを確認し、口を開く。
「一也くんのこと、その、⋯⋯恋人って言っていいのかなあって。ちゃんと確認してなかったから」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯あれ?」
突然むすっと唇を結んでしまった彼に不安が募る。違ったのだろうか。わたしの一方的な早とちりだったのだろうか。いや、でも、そんなはずは。
クーラーボックスを提げたまますたすた歩き出してしまった彼を、慌てて追いかける。
早歩き、はやっ⋯⋯!
ひとり競歩中の彼はベンチにドサッとクーラーボックスを置き、今度は用具室へ足を向けた。キャッチャー防具でも取りに行くのだろう。
用具室に入ったところでようやく追いつき──つまり彼の早歩きとわたしの小走りが同速度というわけだけれど──、防具の棚を弄る彼の横に並ぶ。
「一也くん? だ、だめだった?」
「⋯⋯お前、カルロスと電話するような仲だったか?」
こちらは見ずに、彼は問う。
「あ、一昨日は、お兄ちゃんがぶん投げちゃった携帯をカルくんが拾ってくれて、その流れで──」
不意に、彼の手のひらがわたしの頬に添えられた。怒っているのかと思っていたから、思いがけない優しい手つきに驚く。
「⋯⋯彼氏でも恋人でも何とでも言って良いから、名前に近づくなって言っとけ」
そのまま指先が滑るように頬を撫でる。何かを強く堪えたような、それでいて切なそうな。そんな双眸がわたしを映している。
ああ、──なんて嬉しいんだろう。
「ふふ、一也くん、意外とヤキモチ焼き屋さん」
「⋯⋯悪ィかよ。お前はいいの? 俺が他の女子と電話してても」
「それはすごくいや」
「はははっ、清々しいほどの即答」
想像するまでもない。凄く嫌だ。控え目に言って彼はモテる。何と言ってもこのルックスに、この野球である。試合では自他校問わず黄色い声援が耳に入ることだってある。心が狭くたってなんだっていい。
すごく、いやだ。
「ごめんね、気をつける」
「ん、」
ちょいちょいと手招きされ、もう一歩彼に近づく。といってももともとすぐ隣にいたわけだから、つまり──ぎゅうと抱きついた。