自分の内にこれ程の嫉妬心が巣食っているのか、と。この数日で嫌になるくらい思い知らされた。
マネージャーと部員なのだ。会話もするし、練習にだって付き合う。時にはストレッチなんかに手を貸すことだってある。そこに邪な感情がないことなど分かっている。
しかし自分以外に向けられる屈託のない笑顔に、胸がざわりと嫌な音を発す。それをどうにも止められない。仕舞いにはたまたま電話口に出たカルロスにまで矛先を向けてしまう始末だ。
心をコントロールできない。
きゅうと抱き着いてきた名前を、腕に閉じ込める。ああ、なぜ俺は。もっと前からこいつの気持ちに向き合っていなかったのだろう。
こんなに愛おしいと思うのに。
頭を撫で、そのまま上を向かせる。薄く色づいた唇に、吸い寄せられるように唇を重ねた。
一瞬強張る身体が、まだこの行為へのぎこちなさを伝えていた。早く、俺のものにしてしまいたい。心も身体も。そんな欲求がむくりと頭を擡げる。
上唇。そして下唇。ぷくりと柔らかなそれぞれを丁寧に何度か食み、ゆっくりと顔を離した。
濡れた唇。熱い吐息を漏らし、潤んだ眼球で見上げてくるその表情に、勘弁してくれと思う。そんな顔で見られたら、我慢が効かなくなっちまう。
次から次へと襲い来る我欲を抑えようと、もう一度抱きしめ耳元で告げる。
「⋯⋯これから練習だから、こんだけ」
「⋯⋯っ、あ」
ふる、と身震いした名前の耳朶とうなじの間。皮膚の薄くやわい場所に、俺は強く吸いついた。
「ん、⋯⋯っ?」
小さな痛みを与えてしまったことだろう。背に回っていた名前の手が、縋るようにユニフォームを掴む。十分に吸って唇を離すと、白い肌に鬱血した真紅が咲いていた。名前は吸われた箇所を指先で抑え、上気した頬で眉を下げる。
「ごちそーサマ」
「⋯⋯っ、一也くん⋯⋯何するの」
「ん? 髪上げたりしなきゃバレねえよ」
「⋯⋯そう、じゃない」
真っ赤になって俯いてしまった名前の、乱れた前髪を直す。
こんなふうに痕を残してしまいたくなるなんて、独占欲も大概だ。本当に大概だ。それを隠すようにおどけてみせる。
「いやー、しかしアレだな。こんなとこじゃねえとキスもできねーな」
「ふふっ」
「ふふ、じゃねえっての。⋯⋯そういや昨日は何ともなかったか?」
「うん。決勝の録画みてる間にお父さん帰ってきて、二人でラーメン食べに行ったの。そのあともう一回録画みて、二人してリビングで寝ちゃってたんだけど」
「はあ?」
電話もメールも来なかったから、怖いとか寂しいとかは大丈夫だとは思っていたが。別のことが大丈夫じゃなかった。
「お父さんは酔っ払うと自分じゃ起きないし⋯⋯わたしも朝まで寝ちゃって。今日はお父さん泊まりの仕事だから、ちゃんと寝かせてあげなきゃいけなかったのに」
お母さんの代わり、全く務まらず! なんて暢気に笑っている。親父さんも久々に名前と二人で過ごして、気が大きくなっていたのかもしれない。
「姉ちゃんたちは今日帰ってくんのか?」
「ううん、観光してから帰ってくるって」
「ああ、去年の名前もそうだったよな。めちゃくちゃ土産買ってきてさ」
話しているうちに名前の頬の赤みが引いてきたのを確かめて、甲子園カレーがどうだったとか、あのティーシャツのセンスはやばい、とか。そんな話をしながら用具室を出た。
このとき既に、俺らの頭からはあの難癖付けたがりの人物のことは、すっかり抜け落ちていた。