「なんで謝る? 確かにキャプテンは慣れねえし、チームもまだ形が朧気だけど⋯⋯お前はもっと俺に頼れ」
「でも一也くん、キャプテンになってから野球のこと考えてると⋯⋯ってつまりだいたい常にってことだけど、お顔がひきつってて⋯⋯出来るだけ負担かけたくない」
「負担? お前が?」
彼はきょとんと目を丸くした。
「バカ、何勘違いしてんだよ。逆だよ逆、お前がいるから踏ん張れんの。だから早く元気になって、早くグラウンドに戻ってこい」
くしゃくしゃ。乾きたての髪が優しく混ざる。
思わぬ彼の言葉に、胸が詰まった。
薄らと潤んでしまった瞳を隠すように、目を伏せる。頭を撫でた彼のその手が、そのまま体温を測るように額を覆った。
「やっぱ上がってきてる。食ったらもっかい熱測って、ダメなら薬飲むか」
「うん。プリンも食べていい?」
「ああ。食欲あってよかった。ちなみにこれ、増子さんが最近食ってたオススメだってさ。倉持は食ったことないみたいだけど、きっと美味いって」
もっちー先輩が鞄を運んでくれたのだと聞いた。一也くんが他言はしないように伝えてくれたというから、部員に気づかれぬようにプリンを買ってきてくれたのだろうか。
皆の心遣いが嬉しい。
早く元気になって。あの場所に戻りたい。
時間をかけ食事を終える。体温が上がり切るところまで辛抱してから解熱剤を飲む。彼が食器を片付けに行ってくれている間に、歯も磨いた。
たった数分。
食器を片付けるだけの、本当に数分だ。
なのにもう、彼がいないことが酷く堪える。ぽっかりと。まるで穴でも空いたかのように、彼の部分が埋まらない。甚く空虚で、引きずり込まれてしまいそうだ。
人肌が、彼が、恋しいにも程がある。
だから、部屋に戻ってきた彼が「もう横になったほうがいいな。夜中でも何かあったらすぐ連絡すんだぞ」と、自室へ戻る雰囲気の言葉を発した瞬間、咄嗟にティーシャツの裾を掴んでしまった。
優しい声が降ってくる。
「ん? どーした?」
「え、⋯⋯っと」
──わたしは今、何を言おうとしたのだろう。
一瞬だけ彼を見上げて、言い掛けた言葉を反芻し恥ずかしくなり、すぐに視線を逸らす。
絶対に迷惑だ。
彼にはたくさんやるべきことがある。ただでさえこんなに手間をかけさせてしまった。いつまでも引き留めるわけにはいかない。
わかっている。
わたしの中のお利口さんの部分は、引き留めてはいけないと、この手を離すべきだと理解している。
しかし、やはりどうしても──傍にいてほしい。
その気持ちが拭えない。
その気持ちに抗えない。
「いーよ、言ってみ?」
「いや、⋯⋯その」
「な? 大丈夫だから」
その優しさに手繰られるように、気づけばわたしは口を開いていた。つくづく自分に甘い一日となってしまった。
「⋯⋯もうちょっと、ここにいてほしい。なんかすごく寂しいの」
ぱちくりとひとつ。
彼の瞬きが挟まる。
「ああ、俺が自分の部屋帰るかと思ったのか。ごめん、言い方悪かったな。もともとお前が寝るまでここにいるつもりだったよ」
「え⋯⋯あ、そう、なの?」
ぺたんと布団に腰を下ろし、頭巾のように頭から布団で覆う。隙間からちらっと見上げる。
「子どもみたいなこと言っちゃって恥ずかしい⋯⋯呆れた?」
「全然。弱ってる名前、めちゃくちゃ可愛いぜ。⋯⋯普段もだけど」
「かっ、」
直球な物言いに火照った頬。初めて、可愛いと言ってくれた。面映さに耐えられなくなり、がばあっと布団の中に埋まる。
もう、夏大前はあんなに勿体つけてたくせに、今はこんなにストレート⋯⋯!
頭の中で先の言葉がリピートされるたび、心臓に甘く突き刺さる。物凄いダメージだ。例え健常時であったとしても、HPがいくらあっても足りない。