14.夜の吐息の落ちぬ間に


 布団の向こうから不思議そうな声が聞こえる。


「おーい名前? 大丈夫か?」
「⋯⋯大丈夫じゃありません。全然、これっぽっちも。あまりにも直球で、反応もできずにデッドボールって感じ」
「ははっ、なんだそりゃ」


 彼は、布団の上から頭のあたりをぽふぽふと叩いた。ふふ、と笑いながら顔を出す。

 嬉しくて、しゃがんでいた彼の身体に凭れる。彼はそのまま座り直し、足の間で抱えるようにして抱きしめてくれた。

 額に軽いキスが落ちる。


「寝れそうか? まあ、もうちょいこのままだと俺は嬉しいけど」
「いっぱい寝たから⋯⋯甘えついでに少しお話ししててもいい?」
「うん。寝やすいように少し明かり落とすか」


 ピ、と手元にあったリモコンが押され、常夜灯になる。部屋の景色が微妙な暗がりにぼやける。


「そういや新しいコーチ来んだって」
「コーチ? この時期に?」
「OBじゃなくて、紅海大相良で長年コーチやってた人っつってたな。俺もまだ会ってねえんだけど」
「そうなんだ⋯⋯監督が声掛けてたのかな」


 どんな人だろうか、とか。今日は川上先輩にシートバッティングに入ってもらった、とか。他愛もない会話をしていた、そんな最中だった。

 その瞬間は、まるで決められていたかのように訪れた。

 どちらともなく会話が止まって。
 鼻の頭を合わせ、引き寄せられるように見つめ合う。

 彼がわたしの後ろ頭に手を差し込んだのをきっかけに、そっとついばむようなキスが何度か繰り返される。

 は⋯⋯っ、と互いが混ざった熱い吐息が漏れる。頭を支えていた手と逆の手が、背中を滑って脇腹あたりに回る。指先が躊躇いがちにシャツの裾に触れたのを感じ、ぴくりと身体が反応してしまった。

 彼は一度唇を離し、問うような眼差しを向けた。穏やかで、それでいて希求するような切ない瞳だ。

 その視線の意味を考え、ひととき逡巡する。
 ⋯⋯怖くは、ない。いや、ちょっとは怖い。心の準備も出来ているとは言えない。

 でも、彼とならば、どこまでも。
 ずっとそう想い生きてきた。

 何より、彼が恋しくて恋しくておかしくなってしまいそうだ。溢れて、あふれて、──息ができない。

 わたしは返事をするように彼の背に手を回した。

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