14.夜の吐息の落ちぬ間に


 すべてが彼にのまれるような。

 ──そんな夜だった。


 服の裾から滑り込んだ彼の指先が、ゆっくりと形を確かめるように、触れるか触れないかのはざまで素肌をたどる。それだけで粟立つ感覚に、背に回した手に力が入る。この感覚が、熱のせいなのか彼だからなのか、わからない。


「名前⋯⋯」
「⋯⋯っ、ん」


 再び重ねられた唇。舌先に軽く隙間を撫でられ、誘われるように唇を開く。
 
 彼は最近、よく名前を呼んでくれるようになった。

 不思議なものだと思う。
 これまで幾度となく呼ばれてきた名であるのに、彼が口にするだけで、その響きが粒になって浮かぶようなのだ。

 
「ん、っ⋯⋯は、ぁ」


 吐息ごとのみ込まれるような深い口づけに変わった頃には、わたしは布団に押し倒されていた。気づくと部屋の明かりも落ちている。

 耳介に吐息がかかる距離で、彼が囁く。


「⋯⋯怖かったら、ちゃんと言えよ。こんなことしてる俺が言えたもんじゃねえけど、身体しんどくなってもだからな」
「ん、⋯⋯っ耳、や」


 耳輪を舌先で辿りながら、彼はシャツの裾を捲っていく。顕になっていく素肌は鳩尾で止まり、彼の大きな手がその先の膨らみをシャツの上からやおら覆った。

 少しでも拒絶の色が混ざっていないかと、わたしが見せるどんな些細な反応にも、彼が細心の注意を払っているのがわかる。

 やわ、やわと。布越しに優しく力が込められる。深いところから息が落ちるようになったのを見て、彼は鳩尾で止まっていたシャツを喉元まで捲り上げた。

 下着から溢れた胸の上部に、口づけが落ちていく。何度目かの口づけに合わせて背中のホックが外された。

 熱い。
 わたしと同じくらい、熱い。

 膨らみのきわをなぞる指先の熱が、彼の心を映しているようだった。

 その指先が敏感な突起に近づいてくるにつれ、その部分に酷く意識が集まってしまう。そこに触れられたらどうなってしまうのか。未知の感覚のはずなのに、どこかでそれを求めている不埒な自分がいる。

 彼は執拗に周囲でくるくると遊び、一向に触れようとしない。もどかしい。ぴりぴりと研ぎ澄まされ、彼にかけられる吐息にすら敏感になってしまった尖りが、切なく疼いている。


「⋯⋯っ、かず、」


 と、思わず声を出したその瞬間だった。


「ここ、か?」

「──っひ、ぁ⋯⋯っ」


 焦がれた場所に、指先がつんと触れた。刹那、何かが駆ける。そのまま指の腹で撫でるようにくりくりと踊らされる。

 刺激を与えられるうち、先ほどの何かは快楽だったのだと知る。

 首筋を落ちてゆく唇が、流れるように片方の突起を含んだ。次の瞬間には、彼の口内で舌に弄ばれる。


「っ、んん、 かずやく、っ」

 
 指とはまた違う、生々しくも扇情的な刺激を、彼の髪を掻き抱くようにして耐える。しかし図らずも胸に押し付けるような形になってしまったことも確かで、シーツ、いやせめて彼のシャツでも掴んでいれば⋯⋯と後悔するもとき既に遅し。

 彼が顔を上げた頃には、わたしの息はすっかり上がっていた。


「名前の身体あっちい」


 熱のせいも大いにあるのだけれど、それは彼も重々承知の上での発言だ。彼の触れ方には、終始わたしの身体を慮る優しさが滲んでいる。

 彼は上体を起こし、徐に上服を脱いだ。暗がりのなかでも鍛えられた肉体が見て取れる。

 その艶やかさに、わたしは目を隠すように両手で顔を覆った。

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