ぜ、絶対喧嘩する気だ⋯⋯!
心温まる言葉とは裏腹に、視線だけで一人くらい殺してしまえそうな兄を見て、わたしはそっと目を閉じた。
南無三。
ごめん、一也くん。
どうか着信に気づきませんように、とせめてもの気持ちで捧げた祈りも虚しく、数回のコールのあとに彼が電話に出た。出てしまった。
『名前? 体調どうだ?』
「⋯⋯俺だけど」
『は⋯⋯鳴?』
一也くんは声だけで兄だとわかったようだった。兄はすう、と息を吸い、堰を切ったように捲し立てる。
「一也お前っ、名前に#&◇@※%◆?!」
『あ? 何? なんて?』
「#&◆、#&◇@※%◆!!!」
『ははっ、全然わかんねーって』
彼の返答を聞いて、わたしは天を仰いだ。
まさかとは思うけど、一也くん、楽しんでない⋯⋯? お願いだから煽らないで。お願いです。じゃないと我が家が倒壊する。
床を踏み抜きそうな兄をどーどーと抑えていると、部屋のドアが勢いよく開いた。
「鳴! うっさい!! 名前の身体に障るでしょ!!!」
「ゲッ」
姉の降臨である。
長姉はやはり長姉であって、兄といえど敵わないのが我が家に生を受けてからの普遍の序列なのである。
「だって一也のやつが!」
「一也って、御幸くん? あら名前、まだ鳴に言ってなかったの?」
「甲子園終わるまではと思って」
「ああ、そうよね、もし事前に知ってたらアンタ初戦敗退だったわよ」
「そういう問題じゃないの!」
「はいはい、失恋は辛いわよねー」
「っ違、はーなーしーて!」
姉は兄の首根っこを掴み、ずるずると引っ張っていく。
「じゃーね名前、ゆっくり休んで。うふ、今度また話聞かせてよね」
バチンとウインク。ぴょいんと飛んできたハートだけを残し、二人は嵐のように去っていった。
久しぶりの賑やかな光景に、笑みが落ちる。
部屋にぽとっと落ちたままのスマホでは、一也くんの声が喋っていた。
『おーい、誰か電話出てくれ〜〜』