15.まずはお礼にバナナでも



「その節は大変お世話になりました! こちら、お礼の品です。お納めください」


 輝く大量のバナナを差し出しながら、わたしは深々と頭を下げていた。


「いや、いーよ礼なんて⋯⋯って食ってるし!」


 もっきゅもっきゅと早速バナナを食べている轟くんに、真田さんが呆れたようにツッコむ。

 夏休みも残すところあと僅か。
 急遽決まった練習試合で来校した薬師の部員の中に、あの日お世話になった二人を見つけ駆け寄り、今に至る。


「もう平気なのか?」
「はい、おかげさまで」
「そりゃよかった。膝もすっかり治ったみてえだな」
「わ」


 ぽふ、と頭に手が乗る。一也くんとはまた違う大きな手が、わっしゃわっしゃと髪をかき混ぜた。

 乱れた髪を直しながら、そのイタズラっぽい笑みを見上げる。に、と笑いかけられ、つられてにへっと笑い返した。

 兄ともクリス先輩ともまた違う、しかしこの人もまたどことなく「兄」という雰囲気を感じる人だ。面倒見がよくて、マウンドでなければきっとすごく優しい。

 マウンドでなければ。

 選手個々のこのギャップがまた、野球というものをより深く形作っていると感じる。


「ところでさあ」
「?」
「御幸のやつがこっち気にしてるから、別に下心あるわけじゃねえよって言っといて。お前、なーんか妹みたいな気しちまうんだよな。上に兄弟でもいる?」
「三人ほど」
 わたしはこくりと頷いた。

「三人?! ははっ、道理で」


 真田さんが示した方向へ顔を向ける。
 一也くんが準備の手を止めこちらを見ていた。何でもないよ、と手を振ってみせる。


「ってあれ?」


 なぜ真田さんは、一也くんとのことを知っているような口振りなのだろう。わたしは首を傾げた。それに気づいた真田さんが笑う。


「ああ、アイツ、こういうことは案外筒抜けなのな。野球のこととなるととんでもねえけど、なんか人間味あって安心したわ」
「ふふ、人間です。そんなこと言ったら、轟くんも同じですよ」
「こいつはバケモンだよ。見てみろ、もうバナナ一房食ってやがる」
「あははっ」


 こんなにバナナが似合う球児もそういない。微笑ましい。もっとあげたい気分になる。


「轟くん、これ、全部持って帰ってね」
「カハハ! 今、全部食ーう!」
「簡単に餌付けされんな! 今からそんなに食ったら腹パンパンで動けなくなるぞ、ったく」


 轟くんから何房かバナナを取り上げ、ついでに轟くんの頭をこつんと小突き、真田さんは踵を返す。


「気遣わせちまって却って悪かったな。そんじゃあまたあとで」


 ぺこっと頭を下げ、その背中を見送る。

 ひとたびグラウンドに足を踏み入れれば、わたしたちは凌ぎを削る敵同士だ。同地区の強敵。現時点での力を推し量るにはこの上ない相手だ。
 
 まだチグハグなチーム。
 繋がらない打線。
 上がり調子ではあるけれど、ムラがありまくりな降谷くん。
 制球が定まらない──というか、夏大以降インコースを攻められない──沢村くん。
 

 さて、どうなるか──

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