15.まずはお礼にバナナでも


 見慣れた背中が、すっと間に入り込む。


「はーいそこまで。ったく油断も隙もあったもんじゃねえな」
「やべ、御幸。違ェんだよ、いやほんと。純粋な好奇心、どんなやつなのかなーみたいな」
「は?」
「わかったわかった、おっかねえ顔すんな。じゃあな、二十連勝目ご馳走サマ」


 すたこらさっさと真田さんは離れていく。一也くんが合流してから真田さんが離脱するまでの流れるようなスピード感には、何故だか妙に納得してしまうものがあった。

 真田さん、だし。みたいな(?)。

 
「お前はあれだな、昔っから鳴にくっついて回ってたせいか、すぐ懐いちまうし懐かれちまうんだな。俺も目光らせとかねえと」
「ふふ、懐かれてはいないけど⋯⋯でもそうだよね、今は皆敵なんだから、仲良しこよしばっかりもできないよね。気をつけます」
「なんかちょっとズレてんだよな⋯⋯」
「?」


 傾いた太陽。伸びていく影。
 互いの影の端が重なり合う距離で、片付けに戻るため歩き出す。


「一也くん⋯⋯沢村くん、どう?」
「⋯⋯イップスかもしれねえ。前に名前が気にかけてた段階で、俺ももう少し考えるべきだった。夏休み中、アイツの制球の甘さにとやかく注文つけてきたしな⋯⋯」


 イップス、か。心の中でそっと呟く。


「沢村くん、今日はマウンド上がる前からおっかない顔してた。監督にリリーフ投手って言われたことも、今日の降谷くんの調子のいい投球も、沢村くんにのしかかる一因だったかも⋯⋯ね」
「ああ⋯⋯けど、打線もチームも課題ばっか。あいつも大事な戦力なんだ。イップスなんかで潰れてもらっちゃ困るんだよ」


 厳しい表情の一也くんを、心苦しい気持ちで見つめる。
 新キャプテンへの洗礼。その肩にかかる負担の大きさ。その重圧は計り知れない。

 何かわたしに出来ることない? と聞きかけた、その時だった。一拍早く彼が口を開く。


「課題が山積み過ぎて、どっからどう手つけたらいいか、正直わかんねー⋯⋯悪ィ、名前、ちょっとだけ」
「⋯⋯一也くん?」


 プレハブの陰。ちょうど皆からの死角に手を引かれ、次の瞬間には──壁に背を凭れた彼の、腕の中にいた。

 苦しくない程度、しかしそれなりに力強く抱きすくめられる。彼は珍しく甘えるように、わたしの首元に頭を擦り寄せた。


「ちょっとだけ、癒やして」
「⋯⋯っ」


 余裕のない彼の声音に、胸が締め付けられた。

 純粋に野球を楽しむだけでは、キャプテンは務まらない。部員を纏め、チームを率い、勝利をもぎ取れるほど強く在らなければならない。

 彼の首に腕を回す。

 人の上に立ったり、組織を纏めたり、そういう経験のないわたしには、どんな言葉が彼の苦悩を和らげる一助になるのかわからなかった。

 これが結城先輩やクリス先輩なら。

 そう思うと、悔恨さえ感じる。なんて無力なのだろう。


「一也くん。大丈夫。皆、一也くんの背中をちゃんと見てくれてるよ。どんな苦境にも揺らがない、どんな時も前を見てる、そのおっきな背中を」
「ん⋯⋯よっし充電。あり、が、」


 顔を上げた彼の頬を、両手で包む。少し踵を浮かせる必要があった。
 その唇に、ほんの少しの時間だけ唇を重ねる。


「負けないで」
「⋯⋯今のは可愛すぎ、反則」
「ふふ」


 もう一度重なったふたつの影が、足元に落ちていた。
 
 



 ◆まずはお礼にバナナでも◇

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