流れる星の落つところ
「なのに、酒に飲まれるとか……俺の健気な苦悩を返せコラ」
「う〜〜ん頭がふわふわする〜〜」
「ハァ……まぁ、なっちまったもんは仕方ねえか」
膝裏に腕を差し込み、抱え上げる。その身体は、名前を拾ったあの日と違わず、小さく、頼りなく、軽かった。
ベッドにぽすんと横たえる。枕が名前の形に沈む。水でも取りに行こうとその場を離れようとした、その時だ。
くんっと袖を引かれ、振り返る。
「ん? どした?」
「悟、どこいくのお?」
耳障りに伸びた語尾に、悟の眉間がこれでもかと寄った。名前にはこの先もう二度と酒は飲ますまいと心に誓う。
「このべろんべろんの酔いどれに飲ませてやる水持ってくんだよ、まったく俺って優しいね」
名前はふるふるとかぶりを振った。
「いかないで」
「いや、だからそこに水取りに行くだけで──」
「っおねがい、どこにもいかないで……」
突としてはらはらと頬を伝う涙に、悟はあからさまにたじろいだ。情緒不安定にも程がある。完全に酔っ払いのそれだ。
「すぐ戻ってくるって」
「やだ、みんな、みんないなくなっちゃう。ひとりにしないで……っ」
「お? おお? すげえ力」
身体が傾ぐ。とても名前のものとは思えぬ力で、腕を引かれたからだ。名前を潰してしまわぬように咄嗟に両手で身体を支えると、自然と名前に覆いかぶさる形になった。
すっと名前の腕が首にまわり、抱きすくめるように力が込められる。
「ちょーっと待て、名前」
「やだ」
「どこも行かねえから。な?」
「どこも?」
「どこも」
「ぎゅってはしてくれないの?」
「は?」
「硝子ちゃんはいっつもぎゅってしてくれるのに〜〜〜」
「め、面倒くせえ〜〜! 硝子のやつこそ手出してんじゃねえのこれ?」
しくしくにゃんにゃん。
また泣き出す幼子のような名前に、悟はいよいよ白旗をあげた。こうなってしまえばもう自棄である。
「わかったわかった、わーったよ!」
腕枕の形で名前の頭を腕に乗せ、身体を包み込んでやる。あやすように背を擦ると、ようやく名前は大人しくなった。
ぽとり、ぽとり。
名前の涙が、悟の服に染みを作る。それはゆっくりと広がり、悟の胸を少しずつ濡らした。震える声が、悟の鼓膜を撫でる。その波紋は鼓膜を通り越し、悟のどこか奥のほうをいっぱいにさせた。
苦しい、と。そう思う。
「……ひとりにしないで」
「しねーよ」
「悟は、しなないで」
「俺、最強なんだよね」
「みんな、ずっと、ちゃんと帰ってきて」
「……名前」
悟たちは呪術師だ。
いや、呪術師に限らずだが、いつ何時その身に何が起きようか、誰にもわからない。約束された明日など存在しない。
それは名前もわかっている。
それでも、
それでも。
「っ、やくそく」
「……ああ、約束する」
それでも、願わずにはいられない。
愛しき者たちの幸せを。生きているという当たり前が、明日も、明後日も、変わらずそこにあるようにと。
この約束は、約束ではない。約束であって約束ではない。こうであればいいと。そうあってほしいと。
その願いで互いを縛った枷だ。
胸に顔を埋める名前の頭を、やわりやわりと撫でる。そうしているうちに、すんすんと鳴っていた呼吸が、やがて穏やかな寝息へと移ろいだ。
その寝顔を見て、一言。
「……ぷ、赤ん坊かよ」
悟の顔がやわらかく綻んだ。
涙の跡が残る頬を、親指で辿る。規則正しい鼓動が伝わる。体温が心地いい。名のつけ難い安息感が悟を招く。瞼を閉じる。腕の中に名前を感じながら、いつしか眠りへと落ちていった。