流れる星の落つところ
⁑
「名前。傑、死んだよ」
「……そ、う」
あれから十年の月日が流れていた。
悟は高専で教鞭を執り、名前は呪術師として日々任務に明け暮れる。
そんなクリスマスイブのことだ。
悟は、傑を殺した。
傑が東京と京都にそれぞれ呪霊千体を送り込み襲撃した、百鬼夜行の──結末だ。
悟にとって。たったひとりの親友だった。
「……僕を恨む?」
「なんで」
「……いや、別に」
クリスマスに似つかわぬ寒風が、二人の間を攫った。煌びやかなイルミネーション。浮き立つクリスマスソング。そんなものとは無縁の場所で、それきり二人は口を閉ざした。
その夜、悟の部屋の扉を叩く者があった。扉を開くと、枕を脇に抱えた名前が真っ暗な廊下にちょぼんと立っていた。
懐かしい姿だった。
学生時代、こうして訪うてくれる名前を、いつしか悟は心待ちにしていた。幾分申し訳なさそうに立ち、しかし部屋の扉が開くと決まって嬉しそうな笑顔を見せる。
その瞬間が、好きだった。
「この感じ、久しぶりだね。最後に名前が来てから十年くらい経つ?」
「そんなになるっけ。ね、先輩、一緒に寝てもいい?」
「だーめ。もう一人で寝れるでしょ」
「今日は寝れないの」
わかっていた。
名前が眠れないのではなくて、眠れない悟を憂慮してくれているのだと。
独りを知る名前が。独りを知った悟を。
「だめったらだーめ。もうそんな歳じゃないでしょ。襲っちゃうよ?」
やめてくれ、と。本気でそう思った。
今の心の状態で、名前の優しさに、名前の身体に触れてしまえば、十年以上携え拗れた感情を抑えきれる自信はなかった。
否、確信だ。絶対無理。
「またそんな心にもないこと言って。先輩がわたしのこと何とも思ってないことくらい、知ってるよ。十年も前からね」
「…………は?」
だから、名前の言葉の意味を理解するまでに少し時間がかかった。
そうか。名前には悟が、そう見えているのか。
サングラスの奥でそっと目を伏せた悟を横目に、名前はさらりと言葉を続ける。
「というわけで、じゃあ寝ないからさ、一緒にいさせて。ひとりでいたくないの」
「ちょ、こら名前」
悟の脇をすり抜け部屋に滑り込む名前のあとを、悟の声が追う。
このとき、何がなんでも摘み出せばよかったのだ。名前の優しさも気遣いも顧みず、部屋から追い出せばよかった。
そうして名前を。
悟から守るべきだった。
しかし、それができなかった。名前のあたたかな存在に触れていたかった。傑を殺したその手で。名前に触れることを許されたかった。