流れる星の落つところ
名前は考えていた。
この牛タンをあと何秒でひっくり返すべきか、ではなくて。
あの日の悟の言葉の意味を、だ。
「ねえ七海先輩」
「はい」
「これもうひっくり返したほうがいいと思う? あと十秒?」
「いえ、今ですね、今すぐ」
「わかった」
トングでタンを摘みひっくり返す。絶妙な焼き具合を見逃すまいとタンへじっと視線を向けたまま、名前は問うた。
「ねえ七海先輩」
「はい」
「七海先輩は、わたしが死んだらいや?」
それは、ほんのひとときの
返答までに僅かに挟まった間。
沈黙と呼ぶには短すぎるが、日常会話にしては幾分不自然な空白だ。
名前は真正面に座る七海をちらりとだけ見上げ、すぐに網へと視線を戻した。
「ええ、それは勿論」
「そっか。じゃあさ、わたしが死ぬことが決まってると仮定して、目の前で死なれるのと、自分のまったく知らない場所で知らないうちに死んでるのとだとどっちがいい?」
「……それ、もう焼けてますよ」
「はっ、丹精込めて育てたタンが」
名前は素早くトングを手に取り、タンを摘み取った。トングの感触から感じるに、少し焼き過ぎてしまっている。
次はもっと美味しく焼いてあげるからね、と言いながらレモンを絞る名前に、七海は質問には答えず問い返した。
「何かありましたか」
「あったと言えばあったし、なかったと言えばなかった」
「煮え切らないですね」
七海はサングラス越しに名前を窺う。
真意を問うような視線であったが、名前は普段と何ら変わらぬ様子で肉を頬張っている。
任務を終えた七海に名前から着信があったのが一時間ほど前のこと。「七海先輩、焼き肉食べに行こ。新しいお店見つけたよ」と誘われ、のこのこと今に至る。
名前は、七海が高専に入学したときにはすでに高専に住み着いていた。
故にまだあどけなかった頃の名前を知っている。昔は悟と一緒になって「ナナミン、ナナミン」と呼ばれたものだ。
そして、名前から食事に誘うときは必ず何か悩みがあるのだということも、最後には必ず奢らされるのだということも、知っている。
「……そうですね。私はもう、できることなら仲間の死は見たくありません。なので後者と言いたいところですが」
七海はビールを一口飲んでから、先の質問へと答えた。
「ただし死にゆく定めの対象が“自らの命と引き換えにしてでも助けたい相手”だと、前者かもしれません」
「やだなあ、七海先輩、自分の優しさ知らないの? 先輩は対象がわたしでも、自分の命と引き換えにしてでも助けようとしてくれるよ」
「少し違います。そりゃあアナタだって、私が目の前で殺されそうになれば身を呈して庇おうとするでしょう。それは私たちが仲間であり、かつ、状況がそうさせているからだ」
名前はまだ焼かれていない牛サガリへと伸ばしかけた手を止め、首を傾げるようにして先を促した。
「しかし、自らの命と引き換えにしてでも助けたい相手は誰かと問われたとき、真っ先に私を想像したりしますか? しないでしょう。まあ、今の私には残念ながらそういった相手はいませんが」
名前は七海を見つめたまま、口を開く。
「その場合、どうして前者なの?」
「そんなの、助けられるかもしれないからです」
「死ぬことが決まってたとしても?」
「決まってたとしても」
「矛盾してるよ」
「ええ」
七海は表情を変えずに頷いた。先程名前が手を伸ばしかけたサガリを二枚、均等に網に並べていく。
「まあ、こんなのは机上の空論です。幸福のかたちなど人それぞれ。きっとどちらでも、後悔はするのでしょう」
「後悔、か……」
「というかこんなに不吉で不毛な仮定、やめてください。現実になったら洒落にもならない」