流れる星の落つところ


「だから、そういうことなんじゃないですか。アナタは大前提として、五条さんがいれば絶対に呪いに殺されて死ぬことはないと思っている。そしてそれはつまり、彼の前で死ぬには最期まで隣にいる必要があるのだと、理解もしていることになります」
「? うん、そうだね」


 首を傾げる名前に、七海は気づかれぬ程度の溜め息を落とす。

 悟が絶対に守ってくれる。

 それは客観的に見ても紛うことなき事実ではあるのだが、無意識なのか、名前がそう自負しているのが少し憎らしく、そして人間らしくて愛おしい。

 七海は思うのだ。

 自分の目の届かぬところでは死んでくれるな。最期のときまで、隣に在ってくれ。

 悟の言葉は、こういうことではないのかと。

 人生ごと懸けた願い。
 それが本人に届かぬ皮肉。

 毎度、話──といっても、名前も悟も詳細を語るわけではないから、その余りある行間を七海が察しているだけであるが──を聞くたびに思う。

 何故この二人は、こんなに拗れているのだろうかと。

 複雑にくまり、端さえ見つからぬ細糸の塊のようだ。
 しかしその実、端さえ見つかればただ引くだけで綺麗に一直線に解ける。そんな細糸だ。

 端さえ見つかれば。
 何か、きっかけさえあれば。

 あまりにももどかしく、そして鬱陶しくて、ふとした瞬間にそのきっかけを差し出してしまいそうになる。柄にもなく顔を出しそうになるそんな老婆心を、柄にもないのだから、と何度も何度も押し込んでいる。


「……あの人のためにこんな事を言うのは、非常に癪なこと極まりないのですが、」
「あは、めっちゃ癪じゃん」


 からっと笑った名前を、七海の目が静かに見据える。


「アナタはもう少し、彼をちゃんと見たほうがいい」
「……悟先輩がわたしを、じゃなくて、わたしが悟先輩を?」
「いえ、そういう言い方をするのであればどっちもどっちです」


 七海の言葉を、ウーロン茶と一緒に飲み込む。

 悟の言葉が愛の言葉だ、と。
 七海は本気でそう言うのか。

 悟は、名前にとっては狂おしいほど愛おしい相手だ。何よりも大切で。何を失ってでも失いたくない。そんな存在だ。


 あの日から悟は。

 名前にとっての世界のすべてだった。


 悟に包まれて眠る心地よさを知っている。飄々と、軽々しく、自己中で、しかしその真ん中のぬくもりを知っている。他人に弱みを見せない悟の、心のやわらかい部分を知っている。

 すべてが好きだ。堪らなく。


 傑が死んだあの日。
 名前には、悟のそばにいることしかできなかった。気の利いた言葉も、洒落た台詞も、持ち合わせてなどいなかった。

 持っていたのは、拗らせた恋慕と。こんなときくらいそばにいられる人でありたい、という矮小な願い。

 届かぬことなどわかっている。悟が名前を見ていないことなど、わかっている。

 わかっていたから、想いを伝えることもせずに身体を許した。せめて、悟の何かを埋められる存在でありたかった。

 伝えてしまえば隣にはいられないから、と。そんな薄汚れた逃げ道を用意して、そうして自分に都合のいい自分を作り上げた。

 もし、七海がこの関係を知ったとして。もし、こんな名前を知ったとして。

 それでも悟の言葉が愛の言葉だと。

 七海は本気でそう言うのだろうか。
 

「……七海先輩は、優しすぎるよね」
「アナタに言われたくありません」
「ほらそういうところ。知らないの? わたしの稟質なんて、血も涙もない悪魔だよ」
「おや、そうでしたか」
「うん」


 七海の目元が幾許か綻んだのを見て、名前の口元も緩む。

 敵わない。
 伊地知が七海を大人オブ大人と称するわけだ。

 毎度そう納得して、最終的には有り難く奢っていただくわけである。

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