流れる星の落つところ



「で、何コレ?」
「私が席を外している間に運ばれてきた、私のウーロンハイと彼女のウーロン茶を間違えたようで」
「馬鹿なの?」
「完全同意」


 三十分ほど前のことだ。
 半個室の席へ戻った七海は、その光景を見て閉口した。テーブルに突っ伏し眠りこける名前。手にある空のグラスが原因だとひと目でわかった。

 呆れ返ってものが言えないとはこのことだ。

 なぜ、飲み切ってしまうのだ。絶対に途中で酒だと気づくだろうに。馬鹿か。馬鹿なのか。

 これが猪野あたりなら迷わず置き去りにしたいところだが、幸か不幸か、目の前にいるのは名前である。

 ふう、と息を巻き上げる。

 七海は仕方なしに、その力の抜けた身体を抱え、タクシーへと詰めこんだ。


 交差するヘッドライトが、シートに身体を沈める名前の瞼を時折照らす。その姿を、七海は無言で横目に見遣った。こうしていると、名前はあの頃のままのようだ。出逢った頃のまま。伏せた睫毛に、あの頃の幼さが残る。

 ──不意に脳裏をよぎる記憶があった。

 いつかの任務の帰りに見かけた露店で、灰原が名前にと買った綿飴。子どもじゃないんだから、と溜め息混じりに呟いた七海に対し、「アイツ、絶対喜ぶから!」と。屈託なく笑って。

 まるで帰還を待っていたかのように迎えてくれた名前。無事でよかった、と顔を綻ばせ嬉しそうに綿飴を受け取って。ほらな、言っただろ。そうしたり顔で破顔した灰原と一緒になって食べていた。三色の、顔ほどもある大きな綿飴だった。

 記憶の中で未だに燻るふたりの笑顔が、七海には眩しすぎる。舌の上で一瞬で溶ける、綿飴のようだ。


 そっと目を伏せた七海を、すれ違ったヘッドライトが束の間照らした。







 そうして名前をタクシーから抱え出したところで、この男、五条悟が待ち構えていたかのように登場した。
 
 さも当然かのように、七海の腕から名前を受け取りながら、悟は先のように問うたのだ。


「あとはアナタが何とかしてください。私は帰ります」
「いいの? 僕に名前、預けちゃって」
「わざわざ迎えに出てきた人が白々しく何言ってんですか」


 悟のわざとらしい物言いに、七海は長く息を吐いた。つま先の向きを変えたところで、ああ、と振り返る。


「ひとつだけ。彼女のこと、あんまり悩ませないであげてくださいよ」
「は?」
「毎度高級焼肉を奢らされる私の身にもなってくださいという話です。では」


 静かに遠くなっていくスーツの背中に向かって、一言。悟は呟く。


「相変わらず素直じゃないなあ。つーか悩まされてんのはコッチだっつの。……ねえ名前?」


 腕の中でむにゃむにゃと眠る名前の額に、悟はひとつ、触れるだけのキスを落とした。

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