流れる星の落つところ
「また光ってる……綺麗」
円形の天井までがガラス張りのホテルの一室で、名前は再度空に光り始めた極光を見上げていた。窓に添えられた指が、す、と光の筋をなぞる。
「……ねえ先輩。どうしてこんなところまで連れてきてくれたの?」
視線を少しも動かすことなく、名前は訊ねた。本当にわからないのだ。なぜ、悟がこんな地まで連れてきてくれたのか。多忙な折を縫って。こんなに性急に。
返答の代わりに、悟が近づいてくる気配がする。窓越しに悟の姿を捉える。明かりの灯らぬ部屋の中で、悟の頭髪が夜空の色に染まる。
名前の背後に立った悟が、ゆっくりと口を開いた。
「……名前」
「ん?」
窓に置かれた名前の左手に、悟の手が重なった。その瞬間、名前の脳裏にあの日が過ぎった。傑がこの世からいなくなった日。悟の部屋で。
同じように、手を重ねた。
ガラスの中の悟の表情を窺うが、空で泳ぐ光と重なってしまいはっきりと見て取れない。
ただ、耳元で語る悟の声が、妙に艶やかな響きを持った。
「僕の全部を名前にあげる。だから、名前の全部を僕にちょうだい」
「……え?」
うまく、理解ができなかった。
悟の言葉を反芻するより早く、重ねられた左手に違和感が走る。その感覚を無意識に視線が探る。そこには、左手の薬指には、名前の見たことのない煌めきを放つ宝石があった。
やはり理解ができず、故に名前は呆けた表情でゆったりと首だけを傾げた。はらりと。髪が頬にかかる。
指輪に嵌められた宝石の縁を、悟の左示指がやおら撫でる。耳朶に吐息がかかる。悟が短く息を吸う音がした。
「──結婚しよ、名前」
低く、艶かしく、微かに掠れた声だった。その声音が冗談などではないことを物語る。
だがしかし。
冗談でなければ、一体どういうことだ。驚天動地。突拍子もない台詞に、まるで頭が追いつかない。
たっぷりと間をとってから、名前は辛うじて「…………は?」と絞り出した。
「は? じゃなくて“はい”でしょ」
「え、いや……は?」
「だから、は、じゃないってば。何、そんなびっくりした顔して」
「いや先輩こそ何言って……」
目を丸くして顔だけで振り返った名前を、悟の右手が抱きしめる。
「名前、……好きだよ」
悟の言葉が鼓膜を震わせる。こんなに切ない声を聞くのは──あの日以来だ。
否、以来という表現は正しくないかもしれない。あの日が最初で、そして今日まで二度とは聞かれることがなかったのだから。
──“約束……守れなくて、ごめん”
あんなふうに言わせてしまったことを、後悔していた。
幼かったあの頃。高専の仲間に縋るようにして生きてきた日々。ひとりでは強く生きられず、枷をかけてしまった。そんな罪悪感と。その枷に嬉しさを感じてしまった、醜く歪んだ自分。
両者を、後悔していた。
だからこのままでいいと思っていた。流されるように身体を重ね、悟の何かを埋め、このまま生きて、このまま死にゆこうと。
それなのにこの言葉が、この声音が、その後悔さえ押し流そうとしていく。俄に信じられない。どう受け止めたらいいのかわからない。
しかしどうやら、明々白々たる事実であるらしいのだ。
奇跡のような光の下で、左手には見たこともない美しい宝石。悟から出たとは思いたくないほどの切なく苦しい声。
それらすべてが、事実であることを告げるのだ。