孤独を噛んで
「アイツが、やったんだ」
橈骨。尺骨。五指の末節骨、中節骨と基節骨がそれぞれ疎らに折れていた。ついでに肩関節完全脱臼。複雑に砕けた骨が多く、かつ一部が神経に触れていて、完全な機能の回復は望めないかもしれない。
そう、言われたそうだ。
「名前が、やったんだ」
あの時、棘に向いていたちいさな悪意の、なんと可愛かったことか。
「名前にさわったら、のろわれるんだ」
名前を真っ直ぐに指差し、この世の悵恨すべてを宿したような暗い瞳で、名前を睨めつける。心臓がぞわりと冷えていく感覚の、なんとおぞましいことか。
「しね。しねよ。オマエなんか、──しんじまえ」
はじめてだった。
こんな瞳で見つめられることも。
こんな殺意を向けられることも。
名前は無言で、その瞳を見つめ返すことしかできなかった。
人間のおどろおどろしさを知ってしまった。他者に対して、これほどの恨みを抱き、まるで心臓をナイフで刺すように剥き出しの憎悪を向けることのできる生命なのだと。
幼いなりに失望した。
自分も同じ人間という種なのだということに。いつか自分も、誰かをそうして憎んでしまうのかもしれないということに。
否、そうなると自覚が持てた。
家族や棘が奪われることを想像しただけで、
こんな世界から、やさしい棘を守らなければ。自分が、守らなければ。
そう思った。
不気味ともいえる大人びた色味を漂わせる名前の目尻を見てから、棘は地面に視線を落とした。自分の足が、ひどくちいさく見えた。
自分に向くのならよかった。自分にだけ向くのならよかった。その憎悪が。その敵意が。自分だけに向くのなら。
名前がいてくれるのなら、耐えられたはずなのだ。例えどんなに辛く苦しくとも、名前が隣にいてくれるのなら、棘は棘でいられる。
しかし、なぜ。
なぜ、自分を守ろうとしてくれた大好きな名前に、それが向いてしまったのか。傷ついているはずの名前はなぜ、「棘、まもってくれてありがとう」と笑ってくれるのか。
棘の心が軋むように痛んだ。
悪いのはすべて自分なのに。
呪印を刻んだ棘の口元が、きゅっときつく結ばれた。瞳に強い光が宿る。
このとき棘は、──言葉を封じた。