流れる星の落つところ
クク、と笑って、悟は目隠しに手を掛ける。その黒の布がくいっと下ろされる。
顕になった碧眼が、名前を見つめた。
「はい、これでいい?」
「───……」
悟の瞳は、夜空に浮かぶ星々のようだ。美しく揺蕩う双眸が、空で瞬く星を映している。その瞬きの隙間を、また一筋、星が流れた。
この世の美しさの粋が、今この場所に集っている。そんな感覚にさえ陥る。
残酷ばかりの世界の中で、一縷灯った美しさにあてられ瞳が潤む。ここで泣くほど幼くはないが、悟に気づかれないほど抑えることもできなかった。
──しまった、と。
そう思った時には遅かった。
「……ちょっと何その顔、滅茶苦茶唆られんだけど」
「っ、なんでもない」
「ねえ名前、その顔なーに?」
溢れてしまった。普段は蓋をしている想いが、不意に溢れてしまったのだ。
失ってしまった両親。救えなかった多くの命。二度と戻らぬ傑。散っていった仲間。
悟への、想い。
「意地張り子の泣き顔ってさ、可愛いよね。ほんと唆る」
「超悪趣味じゃん。それに泣いてないもん」
「抱きしめてあげよっか?」
「結構です、足りてまーす」
「ハハ、強がっちゃって」
身を起こした悟は、名前をぐっと引き寄せた。顔面がすごい力で胸板に押し付けられる。
「んぐ、ぐぐぐ(鼻! 潰れてる!)」
「名前はさあ、」
「むぐー!(聞いてよ!)」
「ちょっと優しすぎるんだよね。呪いの世界には」
「むー! むー!(息! 息できない!)」
「それでもあの日、生きると決めたのは名前だ。だから生きてよね、名前を助けた僕のためにも。その代わりどんな地獄だって、ちゃんと僕がいるからさ」
枷という名の呪いのようなものだ。命を介し歪に結ばれ、拗れた関係。
悟は腕の力を緩め、名前の顔を正面に向かせた。鼻と鼻が触れそうな距離だった。
肩で息をしながら、名前はぷんすかと答える。
「今まさに先輩の胸板で窒息死しそうだったけどね」
「僕の胸で死ねるなんて、むしろ光栄に思って」
「ぜっ……」
「……ぜ?」
「ううん何でもなかった」
──絶対いや。
そう言いかけて、名前は口を噤んだ。呪いに殺されるくらいなら、悟の胸に潰されて死んだほうがずっといい。なんてことをわりと本気で思ってしまった。
そしてそんな自分に辟易した。歪んでるな、と自嘲が落ちる。
名前の背に回った悟の腕は、いまだ解かれる気配がない。悟の大きな身体に包まれるのは心地いい。名前は大人しく身を任せた。
「ねえ名前、流れ星に何お願いした?」
「先輩って案外ロマンチストだよね。わたしはそれ、先輩に拾ってもらった日に卒業したよ」
「それ、僕が子どもだって言ってんの?」
「あらバレちゃった」
「アハハ、マジハグ」
窒息死の次は圧死か、と思うほどの強さで抱きしめられる。咄嗟に顔を横に向けたおかげで鼻はご無事だが、胸板と腕に頬が挟まれ、潰された唇が嘴のように尖った。
「ギブギブ、ギブでーす、ギブアップ!」
「子ども扱いしてごめんなさいは」
「子どもみたいな先輩を子ども扱いしてごめんなさい」
「アッハ、マジビンタ」
両頬をむにょーんと伸ばされる。お餅じゃないんだからそんなに伸ばさないでよ、とか、ビンタって知ってる? とか言ってみたが、果たしてちゃんとした言葉になっていたかは微妙だ。
しばらく頬をこねくり回してから、ふう、と仰々しく溜め息を吐いた悟が、夜空を仰いでさらりと言う。
「僕はね、」
──名前が僕のいないとこで、勝手に死んだりしませんようにってお願いしたよ。
【壱】続