流れる星の落つところ
「お兄さんは、死神? 綺麗な目……」
⁑
悟が名前を拾ったのは、悟が十六の時だった。高専に入学して最初の任務のことだ。
現場に到着した時には既に少なくとも二人の人間が、なんとか原型がわかるかたちで殺られていた。三人目──恐らく三人目ということだが──を襲っている呪霊を、悟は一瞬で祓った。
しかし、遅かった。
襲われていた少女は、右腹からどくどくと血を流し、虚ろな瞳で横たわる。息は、ある。しかし傷が大きい。
悟は傍に寄り、「ガキんちょ、わかるか?」と問うた。
こくり。
少女は頷く。
「オマエ、見える側なんだな」
こくり。
少女は再度、頷いた。
「……父ちゃんと母ちゃんか」
こくり。
頷く少女の目から、ぼろぼろと涙が落ちる。痛みか、恐怖か、悲しみか。少女の手は小さく震えていた。
「他に家族は」
これにはふるふると頭を振って答えた。「そっか」と返した当時の悟は今より大分尖っていたし、今より大分、命に対して残酷でもあった。
「オマエ……どうしたい?」
意図を掴みかねた少女は、首を傾げた。溢れ続ける涙が流れを変え、つつ、と頬を濡らす。
悟はそれを、親指でゆっくり拭った。
「生きたいか? 死にたいか?」
見える側、持っている側とはいえ、呪術師の家系でもなければ呪力の扱いも知らぬ少女だ。目の前で両親を残虐され、自身は死が目前。たったひとり。この世界にたったひとり残され生きるのは、あまりにも惨憺だ。
「死にたいって言ったら……どうするの?」
このとき初めて、少女は口を開いた。絶えず涙を溢れさせ、しかし気丈にもしっかりとした口調だった。
「見なかったフリして放っとくさ。もう保たねえだろ」
「楽に、したりはしてくれないの。すごく痛くて苦しいんだけど」
「何で俺が手にかけなきゃなんねえんだよ。後味悪すぎ、勝手に逝け」
「そりゃ……そっか。でも、捨て置くのも辛いと思うけど……お兄さんって優しいの?」
「は? 勝手に死ねっつってんのに優しいわけあるかよ」
少女の目尻が幾分下がる。
こんな時でもやわらかな笑い方をするやつだなと思った。
「けど生きたいっつーんなら、助けてやる。絶対に死なせねえ」
この時の悟には、自分のエゴで救った命の先までを背負う気持ちはなかった。生きる強さのない弱き者を助ける理想を掲げていたのは、傑の方だ。傑だったら、少女が何を言おうと助けただろう。
しかし今、ここにいるのは悟。
それが少女の運でもあり、運命でもあった。
「──…生きたい」
悟はその目をぱちりと瞬いた。
少女は血に塗れ震えた小さな手を、ぎゅうと握りしめた。
「わたし、生きたい。死なせないで、お兄さん」
「ハハッ、随分活きのイイ死にかけじゃん」
悟は手早く簡易的な傷の処置をし、少女の身体を抱え上げる。小さく頼りない身体は、想像以上に軽かった。
「痛ぇだろ、硝子じゃねえからすぐ治してやれなくて悪いな。頑張れよ」
少女は頷き、何かを探すように首を捻った。両親の姿を探しているのだと気づき、悟は身体の向きを変える。
少女は無言で、その双眸に変わり果てた両親を映した。少女の力ない指が、きゅっと悟の制服を掴む。
「……オマエ、名前は?」
「名前」
「……いい名前だな」
これが、悟と名前の出逢いだった。