きみの破片が心臓に刺さる

 ベッドが二人分の重みで軋む。
 名前とアニーでは成し得ない深さに沈んだマットレス。天井を仰ぎ見たはずの視界は悟で埋め尽くされていて、視線の行き場に戸惑う。

 そこでなんとなく、名前を見つめているはずの双眸のあたりへと視線を向けてみると、悟は徐に目隠しを外した。
 かき上げられた悟の髪が、はらりと落ちる。その落ちた先、影が掛かった目元を見て、名前は深く息を吐いた。


「……綺麗な目」
「あれ、見るの初めてだっけ」
「うん……」
「最初に出逢った時もさ、同じ顔してたよ。僕の目見て」
「ふふ、そっか」


 悟の涙袋を親指でなぞる。名前の知るどんな宝石よりも美しい。
 悟は束の間心地よさそうに目蓋を閉じ、名前の指先に僅かだけ重心を預けた。


「ねぇ名前」
「ん?」
「キスしていい?」
「……うん」


 目を閉じたまま囁かれた言葉は、名前の鼓膜を緩やかに侵食した。

 再び触れた唇は驚くほど甘い。
 漏れる吐息は艷やかに濡れていて、その愛撫を受け入れながら名前は悟に身を委ねた。 

 ベッドに押し付けられるように握られた手を、握り返す。それを合図に唇が首筋を降り始めた。


「っあ、の、つかぬ事を伺いますが、わたしって悟とえっちしたことあるの?」
「そりゃあ……あ、そっか、僕としかしたことないのか……フフ、なんか嬉しいね」


 名前には誰かと身体を重ねた記憶がない。婚姻関係にあった男女が未経験というのもあまり一般的ではないだろうから、つまり名前は悟としか経験がないということになるのだろう。

 一途だったのか。単にモテなかったのか。前者であればいいなと淡く期待はしてしまうのだが、何れにしても。


「それなら痛みはない、のかな。……でもちょっと怖い」


 身体的にはきっと問題はないのだろう。あるとすればそれは、心の方だ。

 繋いだ手に自然と篭ってしまった力に、悟のやわい力が返ってくる。


「優しくするからね。……やば、処女奪うみたいでなんか興奮してきちゃった」
「えっ趣味悪」


 そんな悪態ごと、悟に攫われていく。





 記憶はなくとも、身体は悟を覚えているようだった。

 皮膚に触れる指先に、乳房に沈む長い指に。呆気なく身体は火照り、花芯が容易く愛液を溢す。悟を求めるそこは絶えず疼き、焦がれすぎてひりひりとした痛みさえ覚えるほどだ。

 愛液を掬ったその指が陰核を撫でる。表皮を掠っていただけの指先は、次第に捏ねる動きへと変わっていった。


「っや、んん、これやだっ」
「ダイジョーブ」
「大丈夫じゃな……っ何か、」
「うん、ダイジョーブ。上手にイケるから。ナカでも外でも」
「ん、っん、──……っ」


 悟は本当に知り尽くしているようで、名前の知らぬ快楽を的確に与えてくれる。何度も。何度も。受け止めるだけで精一杯で、それ以外の何もすることができない。

 いつかのタイミングで「少しずつ入れるからね」と言われた気がするが、気づけば膣壁で悟の指を締め付けていて、気づけば悟の手をしとどに濡らしてしまっていた。

 自分の意思と無関係に出てしまった液体にたじろぎ、それが悟を汚してしまったことに酷い羞恥と心咎めを感じた。

 というか自分は潮を吹ける身体なのか。どこの誰だ、こんな身体に育て上げたのは。


「っ、…………っ」
「可愛いよ、名前」
「〜〜〜〜っ」


 自覚できるほど熱を持った頬に、悟の唇が触れる。そのまま横にずれて、耳元で熱っぽく呟かれた。


「……ね、僕もいい?」


 くらくらと。目眩がする。

 低く落とされたその声音は、名前の全身を震わせた。それが悟の声のせいなのか、その言葉のせいなのか。わからないが、兎にも角にも目眩がする。

 上下も左右もわからなくなりそうにぼやけた感覚の中で、頭を上下に動かし頷く。

 多分、頷けていた。

 その証拠に、カチャリと。悟のベルトが音を立てた。

 そこから先は、あまり覚えていない。悟に翻弄されながら、ひたすらにその愛に溺れた。このまま身を委ね、息をすることも忘れ、意識を閉じてしまえばどんなに幸せだろう。

 そう思いうっとり瞼を閉じるたびに、悟の屹立が最奥を穿つのだ。与えられる快楽が強すぎて、却って意識がここに留まる。


「ひ、っぅ……」
「名前、きもちい?」
「ん、んん、」
「僕も、っ最高」


 角度が変われば快楽が変わる。
 おそらく名前を気遣い抽挿自体はそこそこ緩やかなのであろうが、突かれる箇所が問題だ。

 悟があたる箇所から全身をじんわりと、時にびりびりと愉悦が包む。それは名前を恍惚へと容易く招く。


「ふ、ぅ、ぁぁ」
「ちょ、っと、今日キツ」
「っや、だ」


 締め過ぎだと言いながら、悟の声には明らかに喜悦が入っていて、更にその長い指に陰核と乳頭をくりくりと刺激される。

 それぞれから巡る異なる快感に脳髄が溶ける。そんな夢現定かではない意識でも名前に埋まる悟自身のかたちがわかるほど締め付けてしまって、悟から深く湿っぽい吐息が落ちた、──その時だ。

 名前の中で募り募った淫楽が最高潮となり、何度目かわからぬ絶頂が襲う。同時に悟の陰茎も大きく波打ち、何かの行き場を塞ぐように深い口づけが落とされる。

 乱れに乱れた呼吸が落ち着きを取り戻すまでの時間、名前も悟も何も言わず、ただ互いを抱きしめていた。

 名前の頬は、一筋濡れていた。

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