流れる星の落つところ
「なんでオマエがここにいんだよ」
悟の寮の自室。ソファの上で膝を抱えている名前を見て、悟は開口一番そう言い放った。
「だって住む場所ないんだもん」
「は? 名前が呪術師になるっつーから、上がいろいろ上手いことやってくれたじゃん。つーかどうやって部屋入った、鍵かかってただろ」
「手続きとかお金のこととかは、ね。住む場所とかは好きにしていいよーって。ここから通える学校も手配してくれるって言うし」
「ったくジジイ共、無責任にも程があんだろクソかよ」
「……だめ?」
上目遣いで見上げてくる名前に、悟は一瞬言葉に詰まった。しかしすぐに気を取り直す。
「だーめ! お守りするために助けたわけじゃねえの。ほれ退いた退いた」
「わーん! 暴力反対ー!」
首根っこをむんずと掴まれわたわたと抵抗していた名前は、開きっぱなしのドアからこの様子を見ている二対の目に気づき、はたと動きを止めた。
「悟、子どもをイジメるな」
「イジメてねえだろ、どっちかっつーと正当防衛」
「で、その子が先日の?」
「そーそー、もうすっかりぴんぴんしてんじゃん」
「私が治したんだから当たり前だろ」
ぼとっと床に落とされた名前は、二人の目から逃れるように悟の背後に隠れた。悟の背から片目だけを出し、様子を窺っている。
背にしがみつく名前の手に異様な力が込められていることに気づき、悟は小さく溜め息を落とした。
「大丈夫だ、怖がんな。あっちの胡散臭いのが傑、あっちの怠そーなのが硝子、どっちも俺のタメな。硝子が名前のこと治してくれたんだよ」
悟はそれぞれを指差しながら、適当に紹介してやる。二番目に指を差された硝子が、ひらひらと手を振った。
「元気になってよかったよ。傷痕残っちゃって悪かったね」
「あ……」
悟を見上げながら話を聞いていた名前は、悟に「ほれ」と促され、硝子の目の前まで歩いて行く。おずおずと口を開いた。
「……助けてくれてありがとう、硝子ちゃん」
「ん」
優しく笑んだ硝子が、名前の頭を撫でる。その珍しい光景に、悟と傑は目を丸くした。
硝子はそんな二人を睨めつけながら続ける。
「名前、こんなクズんとこいたら何されっかわかんねえからさ、私の隣の部屋おいでよ。いつでも私の部屋来ればいいし」
「え……いいの?」
顔を綻ばせた名前の後ろから、悟が「正気かよ硝子」と呆れたように言った。それに対し硝子も呆れたように返す。
「五条こそ、なーんも見えてねえんだな。その目は飾りか?」
「あ"ぁ?」
「はいはい二人とも、子どもの前で喧嘩しない」
悟と硝子の視線を切るように、傑が割って入った。
「……さっきから子ども子どもって、この間中学生になったもん」
ぷくりと頬を膨らませた名前を、傑が見下ろす。傑には困ったような笑みが浮かんでいて、名前はより一層頬を膨れさせた。
名前はむくれた頬を戻してから硝子へ視線を移し、心なしか不安そうに問う。
「硝子ちゃん、色々教えてくれる? わたし、知らないことばっかりで……でもちゃんと強くなりたいんだ」
「ああ。呪いのことからあんなことこんなことまで、全部教えてやるよ」
「オマエ何教える気だよ……悪い予感しかしねえ」
こうして名前は、悟たちの生活にあたたかな温度を携え入り込んだ。
名前はころころとよく笑った。懐っこい性格が奏し、皆もよく可愛がった。最も歳が近かったからか、悟の代の三人には特によく懐いた。
学校は欠かさず行っているようだったが、学校以外の時間は悟たちにあっちこっちくっついて回った。不思議と鬱陶しくは感じなかった。
呪いとの戦いの日々。生死が剥き出しの世界。その中で名前は、小さな寄る辺のような、気がつけばそこに杳として灯っているような、知らないうちに陽だまりに手を置いていたかのような。
そんな存在だった。
悟は名前を、強いヤツだと思っていた。
最愛の死を乗り越え、新しく慣れない環境でもめげず、よく学ぶ。時々目の下に隈を作るほど、様々なことに熱心だった。
だから、強いヤツなのだと。
そう、思っていた。