流れる星の落つところ
そんなある日のことだった。
教室で硝子に声を掛けられ、悟は弄っていた携帯から顔を上げる。片方の手にはジュースの缶が握られていた。
「何?」
悟はジュースを口に含みながら問うた。
「今日の夜さ、名前と一緒に寝てやってくんねえ?」
「ぶっ!!!!」
「はぁ? マジ汚ぇー」
口内のジュースを惜しげもなく噴き出した悟を、硝子は蔑むような目で見る。
「中学生相手に何の想像してんだよ、変態猿」
「ゲッホ……じゃあどういうことだよ」
「普通に寝ろよ、発情期か?」
手の甲で口の端を拭った悟は、言葉とは裏腹に珍しく狼狽していた。その様子を硝子はじっと見遣った。しばしの後に口を開く。
「オマエさぁ、気づいてた? アイツが一人じゃ一睡もできないこと」
「…………は?」
「まんまそのまま。隣に誰かいねえと寝れねーんだよ」
「ずっと?」
「ずっと。ここに来てからずーっとだ」
悟は記憶を手繰った。
名前の目の下の隈と硝子の不在を照らし合わそうとしたのだが、そもそもどちらも正確になど覚えていない。
──ああ、そういえば。
一度だけ。名前が夜中に訪ねてきたことがあった。「悟ー! ゲームしよー!」と突撃してきた名前と、寝落ちするまで騒いだことがあった。そうだ。あの日は、確か。
──硝子は数日間、確かにいなかった。
傑は読みたい本があると言い、硝子は不在。先輩らにはしっしと追い払われ、結局二人で遊び倒したのだから。
あの日の名前はどうだっただろう。朝まで眠っていたように思う。なんなら床に転がっていた名前を、朝、悟が起こしたくらいだ。
「私がいても、魘されたり飛び起きたり、声も出さないで泣いてる時もある。反転術式じゃ
硝子は無表情に靴の先端あたりに視線を落とす。
「それでも寝られるんだからまだいい。もっとしんどいのは、私が任務で空けてる日とか、あとは私に気遣ってアイツ自ら一人でいようとする時だな」
硝子はぽつりと「いっちょ前に下手くそな気の遣い方しやがるからさー」と零す。
「私がいない時、歌姫先輩に頼んだこともあんだけど、誰でもいいわけでもねえみてーで」
悟はしばし口を噤んだ。
あの日、硝子に「なーんも見えてねえんだな」と言われたことを思い出していた。硝子はあの時点で何かしらを予感し、名前を高専に留めたというのだろうか。
「……現状はわかったし、オマエが今日午後から任務でいねえのもわかった。で、その上で聞くけど、何で俺なわけ?」
「ここに来た最初の日さぁ、アイツ、お前の部屋に転がり込もうとしただろ。なーんかそれが気になってね」
あの日、悟のソファで小さく膝を抱えていた姿が蘇る。悟しか顔見知りがいなかったから、という程度の単純な理由だと思っていたが。
硝子はこう言っているのだ。
命を救われた人物に対する、一種のインプリンティングなのではないかと。
お守りなんて面倒くせえと突っぱねることが、悟にはできなかった。逆に言うと、名前は悟にとってもそういう存在であったということだった。
「言っとくけど手出したらタダじゃおかねえからな。私はアイツが可愛いんだ。それでもオマエに頼まなきゃなんねえくらいの状態っつーわけ」
「ハッ、出さねえよ、あんなガキんちょに。俺もそこまで困ってねえもん」
「童貞がよく言うよ」
「……マジうぜえ」