地球との恋の紡ぎかた


「チョッ、オエッ、モウ吐キソウ」


 だからそうじゃないってば。早く、質問に、答えて……って、吐く? 吐くって、あの吐く? リバース? この近距離で? なんで? なんで今吐くの?

 ああそっか、俺が揺すったから?

 え、いやまって冗談きつい。マジで程々にしてほしい。リバースまみれの及川さんなんて、この世に存在しちゃいけない。

 混乱の中でも自分勝手の最たるを自覚しつつ、ぱっと手を離す。万が一のリバースに備えて、そっと一歩退いた。


「あ、はは、は、……ピノ、酔いやすい体質なんだね」


 とかなんとか。明後日の方向へ目線を泳がせて、しどろもどろに答える。


「ドウイウツモリダ、ト オ ル ?」


 妙な間合いをとった、やけに甘ったるい声。無理やり貼り付けたような笑み。只ならぬオーラに、俺は思わずもう一歩、後ずさった。


「今のはごめん、ほんとに」
「マッタク、何ヲソンナニ取リ乱シテル?」
「その……ピノの好きな子って、」
「? 気ニナルカ?」


 ぷつりと言葉を切った俺に、ピノは襟首を直しながら問うた。頷くことができない。

 もし、本当に彼女だったら。
 俺は、……俺は、どうする?


 ──夢にまで見るほどに。

 会いたいと、願ったのに。


 怖い。

 邂逅してしまえばきっと、彼女の全てを置き去りにして、求めてしまう。あの夏、一番守り抜いたものを、置き去りにして。

 怖いんだ。

 こんなにも希求してるのに。なのに、今日までの全てを壊してしまいそうで。自分を、抑え切れなさそうで。

 汗ばみ、震えそうになる指先をぎゅっと握りしめたのと、ピノが声を上げたのは、ほぼ同時だった。


 ──…り、ん。


「アッ! 噂ヲスレバ! ホラ、店ノ外!」


 ウインドウ越しを指さすや否や、ピノが駆けて行く。「トオル、紹介スル! 俺ノ未来ノ恋人!」と言い終わる頃には、自動ドアを潜り抜けていた。


「ン〜名前〜! 今日モキューツ! ラブユ〜!!! コンナ所デ会エルナンテ、モウ運命ダ!」
「わ、ピノ! また来た、の……、……?!?!」
 

 ──ちりん。


 振り返った彼女。が、二度見した。ピノをじゃない。ピノの背後にいた、俺を。自意識過剰でも何でもないよ。確かに、視線が絡まったんだ。

 足が動かなかった。息ができない。

 俺を、こんなにも情けなくさせるひと。いつまでも、いつまでも。いつまでも俺を翻弄して、離してくれない。

 遠くなっていた記憶。薄れていた彼女の姿が、鮮明に色づく。水に埋もれていたみたいな声が、クリアになる。揺れるポニーテール。相変わらず大きな荷物を抱えて。もこもこ、あったかそうな生地にすっぽり包まれてる。それでもほんのり赤くなった頬を、耳たぶを、今すぐにあっためてあげたい。
 
 そんな衝動に駆られる。

 
(……名前さん)


 笑っちゃう。声まで出ないなんて。かろうじて、唇が小さく開いただけだったんだ。


「? ……? ……徹?」


 ごし、と目を擦ってから、また二度見。計四度見。さすがに見すぎじゃない? 俺、あの頃とそんなに変わってないと思うんだけどな。

 徹、と。彼女の唇がもう一度動いた。今度はしっかりと目が合って、愛おしい笑顔が弾ける。

 その笑顔を見た瞬間。どうでもよくなった。バカみたいにぐだぐだ考えてたこと、全部。

 ただ、名前さんを抱きしめたい。

 息が吸える。やっと足が動いた。すかさず店から飛び出る。


 ずっと考えてた。

 なんで、俺たちは離れなくちゃならなかったのか。なんで、あの結末しか選べなかったのか。

 繋ぎ止める力がなかったんだ。
 俺に名前さんを、じゃなくて。名前さんに俺を、でもなくて。互いの生の真ん中に、互いの存在を繋ぎ止める力が。

 自信がなかった。
 名前さんの笑顔を守れる自信が。名前さんの生きるスピードに、ついていく自信が。

 俺の存在がいつしか負担になって、名前さんがその歩みを止めてしまうんじゃないか。その不安を背負うだけの、背負えるだけの、強さがなかった。

 あの頃の俺には、何も。

 もう嫌なんだ。こんな屁理屈捏ねてる自分も。いつまでも、誤魔化してる自分も。

 もう、失いたくない。


「名前さん!!」


 あと一歩。あと一歩で抱きしめられる。そう思った瞬間だった。


「ぐえっ?!」


 首根っこを掴まれて、喉の奥から奇声が出る。


「ちょっとピノ! 邪魔しないでよ! 感動の再会シーンだったのに!」
「徹コソ邪魔スルナ! 何ダヨイキナリ?!」


 あれ、そうだった、すっかり忘れてた。ピノ、名前さんのこと狙ってたんだった。もちろん、チームメイトの恋路を応援したい気持ちは山々ではある、けど。


「でもダメなの! 俺の名前さんだもん!」
「ハァ?!」


 店先でぎゃいぎゃい騒ぐことしばし。
 視界に小さな手が現れた、と思うと同時。おでこにばちん! と衝撃が来た。ピノのおでこからも同じ痛音がする。なかなかの衝撃だった。

 つまり、すこぶる痛い。

ContentsTop