地球との恋の紡ぎかた


 玄関に入るや否や、だった。
 ずっと抱っこしてた名前さんをおろして、そのまま玄関の扉に縫い止める。

 噛みつくようなキス。


「んっ、ぅ」


 むしろよくここまで我慢できたな、と思う。偉い。褒めてほしい。誰か俺のこと褒めて。俺めっちゃ我慢した。


「名前さん、口あけて」
「っ徹」
「はやく」
「んんっ」


 顎を持ち上げて、舌を入れる。小さい口の中は、すぐに俺の舌でいっぱいになった。硬口蓋を舌先でくすぐると、窘めるようにその舌先を吸われる。

 
「ん? ここ、きもちくない?」
「っいきなり、は、きもちい、すぎる」
「ははっ、きもちいすぎる? よかった」


 耳朶の端を舐めてから、再度唇を重ねる。頬に手を沿わせながら、首筋を撫であげる。そのたびに漏れ出る甘やかな声が、震える身体が、愛おしい。

 ああ、だめだ。
 俺、──全然余裕ない。

 もこもこのファスナーを開ける。名前さんも、寒がりなのかな。服ももこもこだ。僅かに覗く鎖骨の上を、軽く歯を立てて吸う。


「名前さん、すごいもこもこ。かわいい」
「っ最近、寒くって、……あっ」


 する、と服の下に手を入れる。身体のラインを確認するように、直に触れる肌。やわらかくて、すべすべで。そしてあったかい。ひととひとの触れあうぬくもり。

 随分と忘れていたぬくもりだ。

 その熱に、どちらともなく零れた吐息。安堵とも欲情ともつかぬ響きで玄関に満ちたそれに煽られて、首筋にも吸いつく。赤く色づく再逢の印。白い肌によく映える。

 綺麗だ。

 もっと、もっと。全身につけたい。

 堪らずに服を捲りあげる。真っ白なレースの上、ふるりと揺れる乳房をひと食みして、下着の上からやわやわと揉む。


「あ、っん、でも、……徹はあったかいね」


 びくんと身体を震わせながら。俺の髪を撫でながら。そんなことを告げられる。

 この体温を、守り抜きたい。

 心の底からそう思った。

 フロントホックをはずして、薄く色づいた部分に舌先で触れる。ぷくりとふくれた表面を撫でるように、そっと優しく。

 空いた手でデニムを下ろし、そのままヒップへ滑らせる。彼女が微かに身体を強張らせる。それに気づきつつ、下着の上から閉じた花弁に触れかけた、その時だった。


「──っ徹! ごめん、まって!」


 思いがけない制止。そこに拒否の色は混ざってはいなかったけれど、俺は素直に手を止めた。ここまでの行為で荒げた息をする彼女に目線を合わせて、やんわり問うてみる。


「どした? 名前さん」
「あ、のね、その」
「うん」


 珍しく淀む彼女の言葉。相槌を打って先を促すと、伏せていた瞼が上がった。やっぱり拒否じゃない。拒否じゃなくて、一種の躊躇いのような。


「あのね、あの日以来なの。徹が、最後なの」
「……え」
「だから、やさしくしてくれる?」


 胸の奥が。こころの奥が。ひどく締めつけられた。ああもう、どうして。こんなに幸せなのに、こんなにも痛い。

 息さえも詰まらせてしまった俺を、名前さんは少し不安そうに覗きこんだ。

 このままここで、なにもかもが尽きるまで。

 そんな風にさえ、思っていたけれど。

 一度きつく抱きしめて、中途半端に脱がせた衣服ごと横抱きにそっと抱えあげる。ついでにおでこにキス。


「うんと優しくする。ベッド、行こう」


 どこかくすぐったい気持ちも一緒に抱えて、部屋へ入る。リビングを抜け、寝室へ入ろうとしたところで、物珍しげに部屋を見回していた彼女が急にじたじた暴れ出した。


「ちょっ! 徹! とおるってば!」
「うわっびっくりした、急に何さ? 落とさないけど、危ないから動く前はちゃんと申告して?」
「ごめん、事後申告! 動きました! それよりね、ほら! あそこ見て!」


 ぱあっと咲いた笑顔。あの雰囲気からの、この爛漫さ。
 ああ、やっぱり。名前さんは、どこまでいっても名前さんなんだなあと、笑みが零れる。


「にゃんこ! にゃんこがいる! ね、ね、ほらあそこ! ソファの上!」
「ちょ、あぶ、ない! ってさっきも言ったでしょ! もう、そんな暴れないの。俺の家だもん、猫いるのだって知ってるよ」
「んあ、確かにそれはそうなんだけど」


 俺が家を出た時と同じように、ソファの上でまるまっていた猫。名前さんの声に見向きはしなかったけれど、そのかわり、ふわふわの尻尾が一度、ふりっと揺れる。


「真っ白で、もこもこで可愛いでしょ。名前さんみたいなんだよ?」
「え? あ、このもこもこ?」


 毛並みとお揃いの、白いセーター。その首元をつまむ仕草が、映画のワンシーンみたいだった。思わず言葉に詰まって、「さあ、どうだろうね」と曖昧にぼかす。彼女は「ふうん?」と首を傾げたけれど、それ以上追及はしてこなかった。


「お名前は? なんていうの?」
「あ……つけてないんだ」


 そう答えると、彼女は猫から視線を剥がし、真っ直ぐに俺を見上げた。その意図を、確認するように。

 ──一瞬、時が止まったかのような。

 ひとは、何かに吸い込まれるほど惹き付けられると、こういう錯覚に囚われるのかもしれない。


 そっか。


 そう呟いた彼女の言葉で、はっと我に返る。実際にどのくらいの時間が経っていたのかは、分からない。「あとで一緒に考えようね」、そうふわりと笑った彼女の言葉に、猫が目を開けた。透き通った水晶玉が、俺を見つめる。

 ああ。俺は、この子達の瞳に一生叶わない。そう思う。

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