例えばきみが天使なら


 もし……、と考えてみる。

 もし、はじめがわたしを見つけてくれなかった世界があったとしたら。それは、なんて耐え難い世界なんだろう。

 こんなに想っているのに。こんなに大切なのに。こんなに好きなのに。なのに、なのに。その目の奥に、わたしがいない。

 そんな世界。

 なんて、──耐え難い。


『岩泉くん、カッコよかった』
『苗字の事、ずっと好きだった』


 巡る。巡っていく。
 わたしの知らないところで行き場を失っていた、たくさんの情動が。

 様々なベクトルのそれは、交わる事もあれば掠りさえしない事もあって、時にはどうしようもない切なさや、やるせなさなんかで胸のうちを食い荒らしながら、巣食っている。

 逃れようのないことだと思う。

 ただわたしたちが、燻ってしまった情をどう処理したらいいのか、その方法を知らないだけだ。


「俺じゃ駄目なのか?アイツより、もっと大切にしてやれる。もっと、満たしてやれる」


 耳朶のすぐ下を、ツツ……と舌が這う。ぞわりとした感触が背筋に走って、反射的に身を捩った。


「……そんなに嫌なら、もう俺に向かってあんな無邪気に笑わないでくれよ……頼むから」

「いや、俺の矛盾も大概だな。いつだって苗字の笑顔が見たくて、俺……」


(……ごめんなさい)

 時折頭を振りながら。わたしにというよりは、自身に向かって呟くような彼を見上げて、心の中で詫言が零れた。
 

 わたしだったら、彼のようにはいられない。耐えられなくて、離れてしまう。

 辛くても、この気持ちが届かなくても。それでも側にいたい。そんなふうに思えない。諦めてしまった方が楽なんじゃないかと、きっと逃げてしまう。

 それとも、膨らみ過ぎた想いは、──逃げることすら許してくれないのだろうか。


『俺ももうしんどいんだわ』


 友達だと思っていた。仲良しだと。でも、彼がずっと、わたしを見ていてくれたのだとしたら。わたしの態度は──… 


 どうしたらよかったのだろう。
 どうすればいいのだろう。

 好きになってくれてありがとう。心の底からそう思う。だけどそんな事、誰が言えるの。ありがとうも。ごめんなさいも。全部、場違いに思えてしまう。

 友達だった。友達でいたかった。
 もう、そんなふうにはいられない……のだろうか。


『名前ちゃんは、男っていうものを知った方がいいよ』


 わたしが。

 わたしのせいで。


「岩泉と付き合い始めてもう一年だろ?やることはやってんだと思ってたんだよ」


 なのに、と絞り出した彼の目には、先程の暗い光が戻っている。

 ふ、腹部の圧迫がなくなった、かと思うや否や。膝で脚を割られて、スカートの中の最も柔らかい場所にぐりりと押し付けられた。

 
「──っ!」


 その感触は未知のもので、自分でもよく分からないのに。反応してしまったことに、酷く罪悪感を覚える。

 両膝がぐっと押し上げられて、下肢がはしたなくアルファベットを描く。最早ただの布切れと化したスカートの下から覗いているのであろう下着に彼の視線が移って、唇の端からぺろ、と舌先が出た。

 開かれた脚ごと、のしかかるように押さえられる。下腹部に硬い【何か】が触れて、息をのんだ。


「……こんなに恋い焦がれてるヤツの、ファーストキスすらまだだって知った時の俺の気持ち、分かるか?」


 きっと気付けたはずなのに。
 自分の恋心にばかり夢中になって、周りの事、何も見れていなかった。彼だけじゃなく、大切なひとたちを見れていなかった。

 ごめんなさい。
 わたし、本当に。

 だけど、だけど。


「はじ、め……」


 それでも助けてほしいと思ってしまう。

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