例えばきみが天使なら
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知ってた。
コイツが、名前に特別な想いを抱いていたこと。
でも、だからって俺がどうこうする話でもねェ。俺はただ、俺なりに真摯に名前と向き合うだけだ。
ずっとそう思っていた。そうしてきた。
間違ってなんかなかったと、断言だってできる。
けど、きっと。
名前をこんな目に合わせてしまった原因が、俺に全くないなんてことは──ない。
はらわたが煮えくり返る。
目の前で頭を下げているヤツに。そして何より、何もしてやれなかった、護ってやれなかった、──自分自身に。
こんなふうに名前を抱き締めたくなんてなかった。こんな場所で。こんなに震える彼女を。ずっと大切にしてきたのに。こんな形で。
【怒り】と呼ぶに相応しい感情が、こころを支配する。だからだろう。ヤツが言葉を発した瞬間、その感情を剥き出しのままに曝けてしまった。
「……俺、ほんとに」
「──黙れ」
それは自分で思っていたよりも遥かに静かで、冷えきって、重たく沈んだ声音だった。
恐らく謝罪の言葉を口にしようとしたのであろうヤツは、ビクッと肩を揺らした。その後に言葉は続いてこない。
よっぽどの怒気を滲ませてしまったのだろうか。目をまんまるくして、涙を溜めながら見上げてくる名前を見て、そう思う。
……違う。こうじゃない。
俺まで怖がらせてどうする。
名前を抱き締める力を強めると、彼女は俺の腕を控え目に、しかししっかりと握って、首を振った。
「……はじめ、ごめんなさい。わたしが悪かったの」
今度は俺が目を丸くする番だった。
こんなに酷い事をされたのに。最初に出てきた言葉がこれだ。俺に謝って、そして自分を責める。
きっと名前は、ついさっきまでヤツの気持ちに気付いてなかった。
だから責めてるんだ。自分自身を。自分のこれまでの行動がヤツを追い込み、そうしてこの出来事を招いてしまったと思ってる。
(………馬鹿、どんだけお人好しだよ)
自分に寄せられた特別な好意に気付かないことを、誰がどう責められる。勿論気付く連中もいるだろうが、知って欲しいのならば自らの言葉をもって伝えなければ、伝わらない。
伝えてもいないのに、苦しんでいる自分を押し付けて相手を謗るなんて、お門違いだ。
なのに、名前ときたら。
彼女の優しさと強さを目の当たりにして、愛しさが爆発しそうになる。と同時に、嫌な毒気が抜けて冷静になっていくのを感じた。
そうでなければ、或いはいずれ殴りかかっていたかもしれない。
「謝んな。名前はなんも悪くねェ」
「でも、」
「でもじゃねェ。こんな事、間違ったって正当化なんてされない。例えそこに、どんな理由があったとしてもだ」
それでも名前は、やっぱり自分にも非があったと思うんだろうし、ヤツの事も許すんだろう。
そのほうが名前の気持ちが楽になるなら、もうそれでいい。余計なものは背負わなくていい。
そのかわり、俺は絶対に許さない。
「……本当に、すまなかった」
ヤツは最後まで、謝罪以外を口にはしなかった。弁解、弁明、釈明、そんな類いは一切。ただひたすらに頭を垂れ、拳を握り、絞り出すように謝り続けた。