紅葉畑の紅梟
*
「今の方は?」
「──っ! 俺ちょっと戻る!!」
「ダメです」
「だって」
「名前も連絡先も聞き忘れたからってダメです。他に聞きたいことがあってもダメ。これ以上はもう時間が」
ぱたり、木兎さんが足を止める。
じとーっとした視線に捕らえられ、俺も仕方なく足を止めた。
「……お前ほんとやだ、なんなの、なんで分かんの」
「木兎さんが分かりやすいんですよ。ほら、走って」
言葉にならない不満の声を連れて走り始める木兎さんを横目に、考える。
気になる、のだろうか。
彼女のことが。
これまでも、可愛い女子や応援してくれる女子たちに、浮つくことは何度も、数え切れないほどあった。
でも、違う。
今回のは、何かが違う。約365日を共に過ごしているのだ。なんとなく分かる。
「バカ! 俺のバカ! 知ってたけどやっぱバカ! なんで聞いとかねえんだ!」
「落ち着いて」
「落ち着けるか!」
「……本格的なカメラ抱えてたでしょう。肩に提げてた大きなやつは、きっと三脚です。そしてこんな早朝に、ひとりで紅葉林に」
それに、あの雰囲気。
つい最近、触れた空気だ。
月刊バリボーの取材。そのカメラマンが同じ空気をしていた。彼女も恐らくは、そうなのだろう。
──ほんのひと瞬きの油断すら、許されない。
そんな世界の中で生きると決めた覚悟が、俺にも分かるほどに溢れていた。
それが纏わると、こんな空気になるのかと。レンズを覗き込む目に、木兎さんを見送っていた目に、その片鱗を見た。
「だから、またその場所で会えるんじゃないですか」
「うぐ、俺あの場所、また行けっかなー」
「そこは頑張ってください」
大丈夫。きっと会えます。だって、繋がってそうだから。とは、言わなかった。木兎さんなら野性的な勘とかそんなので、まあなんとかなる。
その勘を、俺たちは巡合とでも呼ぶのだろうか。