紅葉畑の紅梟
*
「秋の雲 はかな心の人待に 涙流してありとおもひぬ、……かあ」
ひとりでぽつん、呟いた。
もうすっかり色づいた紅葉。広がる紅。秋の空に、よく映える紅だ。
写せぬままのカメラを抱えて、膝を抱える夕暮れ。朱に紅が重なって、転た美しく織りなされる。
「会いたいなあ……」
「誰に?」
「う、わー……そやって突然現れる。聞かれちゃった?」
「うんバッチリ☆」
ほれ、と温かい缶が渡される。コーンポタージュだ。わたしの横にしゃがんで、彼は自分の缶を開けた。
「身体壊さんかと思って。もう寒いからさ」
「わざわざありがと」
「なに? 誰のこと待ってんの」
おおきな笑顔。おひさまの香り。
どうして来なくなってしまったのだろう。どうして、わたしは待っているだけだったのだろう。
どうしてわたしは。
「……木兎くん」
「は、木兎って、あの? いつの間に知り合ったの」
光太郎。
会いたいよ。会いたい、のに。
「な、ちょ、泣くなって!」
「うー」
「もー、なに、最近表情よくなったと思ったら、木兎くんに恋してたの?」
ほら飲みな、と促され、ぼやけた視界で缶のリングに指をかける。ぷしゅと軽い音。優しい匂いが鼻孔をくすぐる。
「アイツら今、忙しんだよ。春高の代表決定選あんの。木兎くん、なんも話してなかった?」
こくり、黙って頷く。
そういえばわたしは、光太郎のことをあまり知らない。裏表のない彼のことだ。表出される感情は、それはそれは豊かなもので。
それに触れて、知った気になっていただけだ。
「……まだ撮れねえ?」
「……ん」
「そっか。でも今日はもう帰んぞ、風邪ひく」
空気が冷たい。マフラーにこれでもかとうずまり、立ち上がる。
きっともうすぐ、紅葉が散り始める。
コーンポタージュを差しいれてもらって、それから二日後のことだった。
「苗字! 仕事だ! 来い!」と同期に呼び出されたわたしは、取るものもとりあえず駆けていた。
紅葉はまだ撮れない。でも、仕事はしなければならない。広告、雑誌、手伝える仕事はなんでもした。
息はしてくれない。
でも、撮り続けなければならない。
「っ、疲、れたー!」
ギリギリもいいとこのタイムリミットを設けられ、息も絶え絶えに辿りついた集合場所。都内某所。とあるカフェ前。
「さすが、よく間に合ったなー!」
「もー! 走った! 走りました!」
「よし、もうひとっ走りだ! そっちのカメラ持ってやっから、頑張れよ!」
「ん?! ここで仕事じゃないの?! このカフェじゃないの?! え、まだ走る? むりー!!」
一体なにがなんだというのか。なにがどうして、こんなに走らされているのか。
その理由は、すぐにわかった。
本当の目的地。大きな体育館。
春高の、東京都代表決定戦の。
「場所言っちゃったら、来ねえかと思って」
「……そのとおりです! 意地悪め!」
「なんとでも言っていいから、ほら、入んぞ」
梟谷学園、そう書かれている。他の高校名も掲げられているのに、その文字ばかりが網膜に刺さる。
梟谷って、梟谷? ふくろうだに? ああもう、きっとどころか、絶対光太郎がいる。
一体、どんな顔で彼の姿を見ればいいというのだろう。あんなに毎日、隣にいたのに。笑っていたのに。
練習が忙しい。それは事実だろう。あんなふうだけど、名だたる選手なのだ。
でも、それだけ?
突然会えなくなったほんとうの理由すら、わからないまま、なのに。