風鈴
頭の上高くから降ってくるのは、聞き馴染みすぎた幼馴染の怒鳴り声だった。
「オイこらてめえ、『夏休みの宿題一緒にやろー!』とか言ってたのはどこのどいつだゴラ」
「岩ちゃーん! わざわざ探しに来てくれたのー? もう、岩ちゃんったら及川さんのこと大好」
「あ? もっぺん言ってみろ、俺が、おめーを、なんだって?」
怒ってる。鬼みたいな顔して。角まで生やして、怒ってる。
そんな俺たちのやり取りを見て、彼女は少しだけ首を傾げて俺を見た。
「徹、約束はね、守らなきゃね」
「う、……でもほら、そのおかげで俺たち出逢え」
「おまっクソ川! その、腕の中の、……っ!」
腕の中、と言われて、「わたしのことかな」と今とは反対方向に首を傾げ、彼女は岩ちゃんを見上げた。
俺に掴みかからん勢いで身を乗り出していた岩ちゃんは、きっと名前さんの顔をしっかりと見ることができて、その瞬間──顔を真っ赤に染めて、口をぱくりぱくりとしてみせた。
さすが岩ちゃん。なんてウブな反応。しかも、そうだった。名前さん今、健全な男子高校生にはちょっと刺激的な格好してたんだった。
「ごめん名前さん、ちょっとだけ待ってて」
「うん。でもね、徹は宿題やりに行った方がいいよ」
「名前さんの服が乾くまではここにいる。あ、岩ちゃんには刺激が強いから、ここから動いちゃだめだからね」
一応、念を押してから。水分を含んでまだ重たい服を引きずって、河川敷を上がる。
「ったく、そもそもなんでおめーはそんなずぶ濡れなんだよ」
「ちょっとね、魅力的なできごとがあって」
「意味わかんねえし、つーかお前はまた誑かしやがって……しかもあんな、あんな」
そのあとの言葉を言えずに、岩ちゃんは俯いてしまった。赤くなったその耳を見て、俺は自分が“そう”言われたみたいに嬉しくなる。
「もー、誤解! 酷いな岩ちゃん! 俺だっていつも誰彼構わず誑かしてるわけじゃないんだからね!」
これは、誤魔化し。気を抜いたら岩ちゃんに負けないくらいに赤面してしまいそうな、自分への。
岩ちゃん、どうか気づかないで。
俺、俺ね、どうしようもなく名前さんが好きなんだ。彼女の隣で、彼女が見る景色の中にいたいんだ。おかしいよね。ついさっき会ったばっかなのに。でもね、ほんと。ほんとなんだ。
「どうなんだか」
そう呆れたように放り投げて、「んで、こんなことなら宿題やんねーんだろ?」と、これまた更に呆れたように投げつけてくる。
「さっすが岩ちゃん、わかってるー!」
「……本気ぽいから、今回だけだ」
「──え?」
「な、っんでもねえ、ホレ早く行け、待たせんな」
背中を押すかわりに、痛い痛い痛ーい頭突きをプレゼントしてくれて(あんまり嬉しくない)、岩ちゃんはくるっとつま先の方向を変えた。
「……徹? いいの?」
「うん、頑張れって言われちゃった☆」
「? 今時の男の子の頭突きには、深い意味があるんだね」
「あっはは」
久々に笑った気がした。
再度抱きしめた俺の肩に、頭を後ろに倒して乗せた名前さんは、空に向かって語りかけるみたいに話していく。
「今の子、いわちゃんって?」
「俺のね、幼馴染。一緒にバレーしてる」
「今日もバレー?」
「ううん、今日はおやすみの日。ジャージとかタオルはね、癖で持ち歩いてる」
「え! 変な癖!」
「む! なんだと?!」
ぽん、ぽんと。投げて、受けとめて、を繰り返していく言葉。リズムが合うってこういうことなんだ、と初めて思ったのがこの時だった。