はんぶんこした世界のなかで
*
彼女──言葉の雰囲気からおそらくは女性なのだろう──は、気づいているだろうか。
自身で発したあの言葉に。
半分、ではなく。
ふたつ、でもなく。
──はんぶんこ、なのだ。
彼女は気づいているだろうか。
とうに最初から、分かつつもりなどないのだということに。分かつんじゃなくて、分け合うための言葉なのだということに。
あなたと、わたしで。はんぶんこに。
幸も不幸も、景色も、音も、日々の薫りも、指先の感触も。すべてをわけあいましょう。
あの文字は、──そんなふうに見えたんだ。
数多の意味をもつ【community:共同体】。
そのなかのひとつが、彼女とは確かに重なるんだ。そう思う。
なぜかは分からない。
けど、あの日、あの文字を見た瞬間に。
ああ、繋がってる。
こう、思ったんだ。
ネット上、見も知らずの相手に自分から話しかけるなどという出来事が起きようとは、夢にも思わなかった。
本当に、俺らしくもない。
自ら引き金を引こうとは。
事実、それが始まりだった。
言葉を交わすたびに、はまっていくピース。お互いの隙間を埋めていくそれは、少しずつ、しかし確実に距離を縮める。
形がぴったりなのだ。ピースの形が。
それは、まごうことなく【俺たち】のためのピースだった。
(なに、考えてんだ……)
自分でも笑ってしまうような気持ちを抱えている。この気持ちを自覚するたびに、落とした溜め息数知れず。
だけど、それくらいに。
気づけば俺は、彼女に恋をしていた。
こんなに同じ色を見てるのに。こんなに世界が近いのに。画面を越えて隣に並べない。
それがあまりにも、切なくて。
俺はつい、越えてはならない境界線を跨いでしまったんだ。
・ねえ、あなたには、俺の文字は何色に見えます?
匿名
ずっと訊ねてみたかった。
お互いの「個」に関することを。
跨いではいけなかったのに。
・わたしには、わたしには──…恋の色に見えます。
管理人
「………っ」
ずきり、胸が痛んだ。
とっくに分かっていた。だって、こんなにも近いんだから。
所詮ここは、ネットの世界。
俺はここを越える勇気がないし、彼女もきっとそうだったのだろう。丸々一週間後に来たこの返事が、その証拠だ、と思っている。
朝起きてすぐ。朝練のあと。授業中。部活前。帰り道。シャワーの直後。ベッドの中。
返事の有無を確認しては、自身の行動を後悔したり、反対にどこか期待したり。
それはまるで、恋する乙女のように。
誰にも言えない。
木兎さんなんかが知ったら、きっと一分くらいきょとんとして、それから腹が捩れるほど笑うだろう。
いや、それとも真面目に聞いてくれるだろうか。
いつも傍にいる人間のことを考えることで彼女から目を背けようとしている自分に、ぐっと眉間を寄せる。
俺が思ってるような相手じゃないかもしれない。
オバさんかもしれない。ばあさんかもしれない。じいさんなのかもしれないし、同世代の男なのかもしれない。
でも、それでも。【画面のそっち側】の相手は、恋に落ちるべくして存在しているのだと。
こころがそう、訴えている。
「恋の色、か……」
彼女の文字にも見える【その色】を見つめ続け、俺はひとり、痛む胸を持て余した。