坂を転がるピアスみたいに
*
うと、うと。
そよ、そよ。
自分の前髪が風に撫でられるのを感じて、リエーフはぼんやり目を開ける。木漏れ日に揺られているうちに、どうやら眠っていたみたいだ。
(名前さんは……?)
その姿を探しかけて、探すまでもなくすぐ見つけた。大の字で転がっていたリエーフの腕の下。脇腹のあたりで、名前も丸くなって眠っていた。
お互い無防備なことこの上ない。
すう、すうと穏やかな寝息をたてる名前を見つめる。穏やかに、規則的に胸が動く。不規則に風に揺れる髪の麗美が際立って見えた。
そうしていると、普段目を逸らしていた複雑な気持ちが湧き上がってくる。
リエーフが連絡をすれば返事は必ず返ってくるし、時折ご飯に行ったり、こうして会ったり。名前との時間が増えるたび、リエーフの中で名前の存在が大きくなる。
知れば知るほど、──欲しくなる。
名前も、会うたびにリエーフにこころを開いてくれているように感じる。こんなふうに懐で眠られると、もう自分のものなんじゃないかと錯覚してしまうほどに。
でも、まだ。届かない。
名前はリエーフのことを、どう思っているのだろう。それがわからない。
不安になる。
苦しくなる。
手を伸ばせば触れられる距離にいるのに。なんでそんなに、遠くにいるのだろう。
こんなに近いのに。こんなに遠い。
名前は今でもまだ、別の誰かのことを。変わらず想っているのだろうか。名前の中でリエーフは、どのくらいの大きさになっているのだろう。
「……名前さん」
きらりと。木漏れ日に光る名前のピアスを、人差し指で軽く弾く。
「ん……、──…?」
「え……?」
しっかり聞き取れたわけではない。しかし、確かに。誰かの名前だった。名前の口から初めて出た、リエーフ以外の男の名。
「……っ、名前さん」
「……? あれ、わたしまで寝てた……おはようリエーフ」
「誰、今の」
「誰って」
「今、名前さんが呼んだ男、……まだ好きなの」
声が、震えている。
紛れもなく自分の声なのに。まるで知らない声みたいだ。随分と遠いところから、誰かに絞り出されたような。
怒り。悔しさ。切なさ。惨めさ。
表し難い感情がどろどろと流れ出て来る。どろどろ。どんどん溢れて、リエーフをずぶずぶ飲み込んでいく。
「答えてよ名前さん!」
「いっ、痛いよ……リエーフ」
躊躇いがちな名前の声に、リエーフははっと我にかえる。覆いかぶさるような形で、名前の肩を押さえ付けていた。かなりの力を込めてしまっていた。こんなに細い肩なのに、こんなに指を食い込ませて。痣になってしまうかもしれない。
「あ、……ごめん、」
力は抜いたけれど、名前の上から退く気にはなれなかった。
酷い、と思ってしまった。
こんなにリエーフとの距離を詰めておいて、こころは別の場所だなんて。ひとりでに裏切られた気分になってしまう。
この気持ちを全部ぶちまけてしまいたいのに、リエーフは上手く言葉にできなかった。そんな自分にさえ腹が立つ。
あれこれ考えてはみたものの埒があかない。結局、形としてある違和感から問うてみる。
「そのピアス、そいつからもらったの?」
「これ、は」
その先の無言を肯定と受け止めたリエーフは、どろどろと止め処ない奔流に身を任せ、ピアスが居座る小さな耳朶に噛み付いた。
「っちょ、リエ、……フ」
少し甘さを含んだ抵抗の声音に、リエーフは背筋がぞく、と粟立つのを感じた。やわい口あたりに男としての本能が疼く。名前の耳朶を舐めた舌で、自身の唇をひと舐めする。
もし場所が違っていたら、このまま名前をめちゃくちゃにしてしまっていたと思う。そのくらいギリギリのところまできていた。