坂を転がるピアスみたいに


「リエーフ……っちゃんと、話すから。ごめんなさい」
「……なんの謝罪なの」


 聞きたい。けど聞きたくない。でも聞かなければ、ここから先へは進まないし終わりもしない。

 名前はたっぷり時間をかけて言葉を選んだ。その間、リエーフは名前の上から退き、横になって真正面から空を見る。葉の隙間から覗く空。

 青い。澄み渡るような初夏の空だ。
 傷んだリエーフの中に、鮮烈に染みる。

 
「この、ピアスはね」


 名前は語り始める。躓きながら、何度も言葉を選び直しながら、ぽつぽつと。リエーフは名前の顔を見れなくて、ただ、その瞳に青と緑を映していた。


「そのひとからもらった。わたしのすきな……すきだった、ひと」
「?」
「もういないの。この世界に。わたしだけ残して、突然いなくなっちゃった」


 咄嗟に名前を見る。
 名前もリエーフと同じように空を仰いでいた。感情の読めないぼんやりとした表情。木漏れ日の色彩が、名前の瞳に揺れる影を作る。


「事故だった。誰にもどうしようもできなくて……一瞬のことだったって」
「──……」


 なんて声をかけたらいいのか。
 どんな言葉を選べばいいのか。

 どれも間違いな気がして、そもそもかける言葉などは存在しない気がして。あまりにも何もできなくて、リエーフは目を閉じた。

 眼裏に空の光がぼわんと白く残る。
 その白の中に、名前の声が波紋のように広がっては消えていく。


「最後の言葉は【また明日】。きっと、あのひとに残った最後のわたしは笑顔だったと思う」


 喧嘩してなくてよかった。
 笑っていられてよかった。

 でも、どうして。
 どうして彼なの。

 神様、──どうして。

 
「どうして、なんだろうね」
「名前さん……」

 
 温度を失くした声に、リエーフは思わず目を開けて名前の名前を呼んだ。そうしなければ留めておけない気がしてしまうほど、ちいさな呟きだった。

 名前は変わらずぼんやりと、虚空を見ているように見えた。

 
「もう受け入れてはいるの。頭ではね。でもね、いつまでも、こころがついていかない。あのひとのいない世界に──ついて、いけない」


 隣で笑ってたのに。
 どこに行っちゃったんだろう。

 道標みたく浮かんでた粒が全部壊れた、暗がりの世界。なぜ息をしてるのか分からなくなることがあると、名前は言う。

 リエーフは激しく後悔した。

 ああ、どうしてさっき、あんな言い方をしてしまったのだろう。知らなかったとはいえ、あんなに力任せに組み敷いて。

 だってきっと。

 名前はリエーフに、この世界との繋がりを求めていたはずなのに。
 

「自分で折り合いをつけるしかないってわかってる。いつまでも落ちたままなんてかっこ悪いでしょ。ご飯食べて、笑って、たまに泣いたりして、寝て、そんな普通を。だけど、不意に思っちゃうの」


 あれ、ひとりだな、って。

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