人間みたいな音がする


「ぽんぽんなら二口くんも簡単に作れるよ。暇ならいっこ作ってみる?」
「俺が? マジかよそんなお誘い初めてだわ」


 なんだかんだ言いながらパパッとメロンパンを平らげて、伸びてくる手に笑ってしまう。


「結構器用だと思うんだよな、俺」


 そう溢してから、「まずは一番余りそうな色の毛糸でやらして」と、意外なやる気とさりげない気遣いを見せてくれる。

 この席で過ごすうちに、二口くんのイメージはだいぶ変わった。

 よくからかわれるし、軽口は叩くし、口だってちょっと悪いし。

 でも、部活なんかはすごく一生懸命で。
 根本に垣間見える優しさとか、あたたかみを帯びた気遣いとか、時折見せる真剣な眼差しとか。

 二口くんは、だから、たまに眩しい。


 しばらくお互い無心に手先を動かしていると、この様子を見かけたらしき友達がやって来た。


「うわ、二口がなんか乙女みたいになってる」
「すげーだろ、これ俺が作ったんだぜ」
「ぶ! いびつ!」


 彼が自慢気に見せたぽんぽん(もどき)は、お世辞にも上手とは言い難いものだった。「うるせー、初めてにしては上出来と言え」と、納得いかないといった表情で毛玉をつついている。


「なんか悔しいわ〜苗字がこんな綺麗に作るから尚更」
「名前はこう見えてもね! お料理お掃除お裁縫、なんかそこらへんのもの、すごいんだから!」
「ちょっと?! こう見えてもって?! 本人目の前にいるよー?!」


 聞き捨てならない。
 こう見えてもって、どう見えてるの。

 反論したかったのに。友達ときたら、完全にわたしを蚊帳の外に置き去りにしてくれている。


「この間もらったクッキーなんてまじでプロかとおもったし、昨日のお弁当のオムライスなんて美味しすぎて全部あたしが食べたしね」
「なにそれ嫁じゃん」
「いや二口くん、嫁って……」
「じゃあ何て呼ぶんだよ?」
「えー……?」


 何て呼ぶもなにも、普通に同じ高校生として呼んでくれって感じだ。嫁ではないです断じて。

 ていうかわたし、おかげ様で昨日のお昼ご飯がなくなって購買に走ったわけなのですが。誰もそこにはつっこんでくれないのかな。

 ちょっと切ない。





 二口くんはその後も、時間ができるとわたしにちょっかいをかけるついでに、といった感じで毛糸で遊ぶことがあった。

 おかげでいろんな形、いろんなサイズのぽんぽんができあがっては増えていく。

 器用だというだけあって、今ではマーブル、フルーツ模様、果ては花柄のものまで作ったりしている。教えたわたしがびっくりだ。

 そしてわたしは、それらを捨てられずにいた。

 もったいないから。せっかくだから。
 そんな感情以外の気持ちがそこにある。自分の部屋に並べられたぽんぽんに向かって、ため息を吐いていることがある。

 わかってる。
 わかってるの。
 

「おっ、今日のなんかいいカンジに出来た。これやるよ」
「ん?」


 モチーフとにらめっこしていると、おでこのあたりに声がかかった。顔を上げる。

 ──その瞬間だった。

 大きな手が何故だかわたしに近づいてきて、顔にかかっていた髪に触れた。そのまま耳にかけられる。


「……え?」


 耳元にやわらかい毛糸の感覚。
 彼が今しがた作り上げたぽんぽんが、耳元にあてがわれているのだと気づくまでに少し時間がかかった。


「ぷ、ここにつけると似合うな〜。幼稚園児みたいにも見えるけど」
「──………っ、な、」


 やめて、ほしい。

 こんな心臓の音。知らない。知らなかった。知らなかったの。苦しい。苦しいよ。そんなに無邪気に笑わないで。


 心臓が、──壊れちゃう、から。


 二の句を継げずに固まっていると、「そんじゃあね、部活行って来るわ」と彼は席を立った。


「あ……いって、らっしゃい」


 きっと、この気持ちには名前がある。
 なんでかわからないけれど、涙が出てきてしまう。苦しい。名前をつけてしまったら、自覚してしまったら、こんなにも。

 ころんと机の上に横たわるぽんぽん。
 雪の結晶のように見える柄の入った、真っ白で小振りなそれを、そっと、大切に、手のひらで包む。

 窓の外では、ちらつき始めた大粒の雪が、着実に降り積もっていた。

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