10


大部屋を出て、旅館の廊下を歩いて行くと、自販機やイスが置いてある小さな休憩スペースに辿り着いた。
そこには見慣れた赤い髪をした人物がいて、紗良はすぐにそれがカルマだと分かった。

「あ、紗良」

カルマも紗良に気づき、声をかけてくる。

「カルマ君……」

「紗良、1人? 何してんの?」

「えっと……ちょっと、散歩を」

言いながら、紗良はついカルマから目を逸らしてしまう。
先ほど皆からカルマとの関係について色々言われたこともあって、カルマのことを妙に意識してしまっていた。
普段とは違う浴衣姿にもなんだかドキドキして、顔が熱を帯びてくるのを感じる。

「わ、私、もう部屋に戻るね……!」

踵を返して立ち去ろうとする紗良の手首をカルマが掴む。

「待ちなよ。なんで逃げんの?」

「べ、別に、逃げてるわけじゃ……」

「嘘。目も合わないし、顔も赤いし、なんで?」

俺まだ何もしてないよね? とカルマが問いかける。
紗良はカルマに手首をしっかりと掴まれていて、どうやら答えるまでは開放してもらえなさそうだ。
しぶしぶ紗良は訳を話し始めた。

「さっき皆に、私がカルマ君と付き合ってるんじゃないかとか、色々聞かれて……」

「なるほどね。で、俺の事意識しちゃったんだ?」

カルマはニヤリと笑って紗良の顔を覗き込んできた。
距離の近さに紗良は一歩後ずさるが、カルマは反応を楽しむように距離を詰めてくる。
そして紗良はあっという間に廊下の壁際に追いつめられてしまった。
カルマは片手を壁につき、紗良の逃げ道を塞ぐ。

「カ、カルマ君、近い……」

「近づいてんの。で、紗良は皆になんて答えたの?」

「え? えっと、カルマ君とは、友達だよ、って……」

それを聞いて、カルマは小さくため息を吐く。

「友達、ねぇ……。付き合ってるって事にしてくれても良かったのに」

「ええっ!?」

「何、俺なんかじゃ不満?」

「そ、そういう訳じゃ……」

「じゃあさ。俺と付き合ってよ」

あまりにも軽い調子でそう言われて一瞬ぽかんとしてしまったが、言葉の意味を理解して紗良は赤い顔を更に赤くした。

「……っ! カ、カルマ君は、またそんな冗談……!」

いつものカルマであればここで更にからかってきたりするのだが、何故かカルマから何も反応がない。

「カルマ君……?」

紗良が少し首を傾げてカルマを見つめると、カルマの瞳が一瞬戸惑うように彷徨い、こちらを向いた。

「……ねぇ。冗談じゃないって、言ったら?」

「え……」

目の前にいるカルマはすっかり真剣な表情に変わっていて、その目は真っ直ぐに紗良を見ていた。
向けられた視線に、紗良は目を逸らすことが出来ない。

「……紗良」

自分の名前を呼ぶ声に、心臓がトクンと音を立てる。

「……好きだよ。紗良のことが好きだ」

「カルマ、君……」

いつものようにからかっている訳ではないと、カルマの目を見れば分かった。
どう言葉を返していいか分からず、紗良はただカルマを見つめる。

「紗良は、俺のことどう思ってんの?」

「…………」

カルマからの突然の告白に、紗良は頭がついていけずにいた。

「わ、私は……」

(私は、カルマ君のことをどう思ってるんだろう……?)

今までカルマのことはずっと友達だと思って接してきた。
だけど、面と向かって好きだと言われて、どう思ってるのかと問われて、自分の気持ちが一気に分からなくなった。
紗良にとってカルマは大切で特別な存在であることには違いない。
好きかそうじゃないのかと問われたら、もちろん好きだ。
でもそれが単なる友情なのか、それとも恋心なのか、今の紗良には判断出来なかった。

「私……今はまだ、自分の気持ちがよく分からない……」

紗良は正直にそう答えた。
こんな曖昧な返事ではカルマに対して失礼じゃないかとも思ったが、これが今の紗良の本当の気持ちだった。
気を悪くさせていないかと伺うようにカルマの方へと視線を向けると、カルマは存外穏やかな表情をしていて、紗良の頭の上にポンと手を置いた。

「……分かった。いいよ、今はそれでも」

「カルマ君……」

「とりあえず今は、俺の気持ちだけ知っといてくれればいい。紗良の気持ちが決まったら、また聞かせてよ。それまで待ってるからさ」

カルマはくしゃりと紗良の頭を撫でると、背を向けて歩き出した。

「じゃ、俺は戻るよ。おやすみ、紗良」

顔だけ後ろに振り向いてそう言うと、カルマはそのまま去って行ってしまった。

「おやすみ、なさい……」

紗良はその場に突っ立ったまま、立ち去るカルマの背中をじっと眺めていた。

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