単純な恋心


「結衣、好きな人でも出来た?」

お昼休み、友人のサオリから唐突にそんな質問をされ、私は食べていたパンを喉に詰まらせそうになる。

「……っ、ごほっ!! ななな、なんで急にそんな事聞くの……!」

激しく動揺する私を見て、サオリは「その反応は図星ってことかな?」とニヤリと笑みを浮かべた。

「だって最近の結衣、授業中も休み時間もずっとうっとりした表情でぽーっとしてて、明らかにおかしいもん」

確かに最近はずっと貴澄君のことばかり考えていたけれど、そんなに分かりやすく顔に出てしまっていたとは思わなかった。
自覚がなかっただけに恥ずかしい。

「で、相手は誰なの?」

興味津々な様子で身を乗り出して聞いてくるサオリに、私は観念したように答えた。

「実は、違う高校の男の子なんだけど……」

貴澄君の事をサオリに話すと、思いがけない反応が返ってきた。

「貴澄君って……○×高校のバスケ部の、鴫野貴澄君?」

「えっ!? サオリ、貴澄君の事知ってるの!?」

まさかサオリが貴澄君の事を知っているとは思わず、私は目を丸くする。

「うん。バスケ部の友達から聞いたんだけど――」

サオリの話によると、貴澄君は結構な有名人らしい。
女子からの人気がものすごく高く、ファンクラブもできているほどで、バスケの試合では応援団が結成され「ゴーゴーキスミー! プリーズラブミー!」という黄色い声援が飛び交っているのだとか。

「き、貴澄君ってそんなに人気者だったんだ……」

モテるだろうなとは思っていたけれど、まさかファンクラブが存在するほどだなんて……。
私のように、貴澄君に密かに想いを寄せている女子はたくさんいるのだろう。

偶然スイミングクラブで出会って仲良くなれたけれど、それは本当に運が良かっただけで、同じ学校だったら遠くから見ていただけだったかもしれない。
なんだか急に、貴澄君が遠い存在に思えてきてしまった。



***



「はぁー……」

私はため息をこぼしながら、教室の机にぐったりとうつ伏せになっていた。
もうかれこれ1ヶ月ほど、貴澄君に会ってない。
というのも、私はこの前のテストで散々な点数を取ってしまい、母からスイミングクラブに行くことを禁止されてしまったのだ。
妹を送迎する以外の目的で私がスイミングクラブに行っていることを母はお見通しだったらしい。

母から「3年生なんだから、受験勉強に集中しなさい!」と言われたものの、集中できるはずもなく、私の頭の中は相変わらず貴澄君の事でいっぱいだった。

「貴澄君に、会いたいよー……」

力なくそう呟く私を、サオリは呆れたように見る。

「じゃあ会いに行けばいいじゃんスイミングクラブに行かなくたって、会う方法はいくらでもあるでしょ?」

「そう、だけど……」

別に母から四六時中監視されている訳ではないので、会いに行こうと思えば会いに行くことはできる。
だけど。

「私なんて、貴澄君にとってはたくさんいる女の子のうちの1人だし……。私なんか……」

「あーあ、ネガティブモードに入っちゃってる」

しっかりしなよ、と言いながらサオリは私の背中をバシッと叩く。

「い、痛い……」

「結衣はこのままで、後悔しないの?」

「それは……」

きっと叶わない恋だから、この際貴澄君のことは忘れようと思っていた。
でも忘れられるわけなんてなくて。

「このまま会えないままなんて、嫌だよ……」

私の小さな呟きは、チャイムの音にかき消された。



***



その日の帰り道、私は橘君に話しかけられた。

「藤崎さん、なんか最近元気ないみたいだけど、大丈夫……?」

橘君は心配そうに眉を寄せて私にそう問いかけた。

「そ、そうかな? 大丈夫だよ」

まさか貴澄君に会えてないせいで元気がないなんて言えるわけもなく、私はそう答えた。

「大丈夫なら、良いんだけど……。最近スイミングクラブでも全然見かけないから、何かあったのかなって思ってたんだ」

「あー、ちょっと勉強が忙しくて……」

はははと私は苦笑いを浮かべる。

「そうなんだ……。貴澄が、寂しがってたよ。藤崎さんのこと最近全然見かけないって」

「き、貴澄君が……!? ほんと!?」

橘君の言葉に、私は目を輝かせる。
寂しがってたというのは言葉のあやかもしれないけれど、私のことを気にかけてくれてるという事実が嬉しくて、もやもやしていた気持ちがスーッと晴れていった。私って単純だ。

「良かったら、また顔出してよ。貴澄も喜ぶと思うし」

「うん! 絶対行く! 橘君、ありがとう!!」

急に元気になった私を見て橘君は少し驚いているようだった。
沈んでいた気持ちが嘘のように、今では踊りだしそうな勢いで、足取りが軽くなる。
私はニヤけてしまいそうになる顔を抑えながら、帰路についた。


会いたいと思ってたのは自分だけじゃなかったって、そう自惚れても良いのかな。



2017.04.19

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