春の星空
春になり、桜の花びらが舞うようになった頃。
その頃にはもうすっかり雇い主と星空を見るのが習慣のようになっていた。
星の名前を教えてもらったり、他愛のない話をしたり、ただ静かに夜空を眺めたり。
気づけばその時間を楽しみに思っている自分が居た。
今日も夜の庭で雇い主の姿を探すが、いつもの場所に見当たらない。
探し回ってようやく、芝生に横たわって夜空を仰いでいる雇い主を発見した。
「こんなところに居たっ!」
「八丁くん、いらっしゃい」
「も〜〜〜違う場所で見るならそう言ってよ〜〜〜」
「ごめんごめん。八丁くんなら、見つけてくれるかなって」
「見つけましたけども……」
雇い主が、芝生をポンポンと手で叩く。ここに寝転がれということらしい。
「今の季節はね、こうやって寝転がって星空を眺めるのが気持ちいいんだ」
言われたとおりに彼女の隣に横たわって、春の星空を眺める。
春の夜風が優しく吹き抜け、頬を撫でた。
「わ〜ほんとだ。気持ちいいね」
「ね」
「え〜っと、あれが北斗七星で〜〜それから、うしかい座におとめ座にしし座っ! 春の大三角っ!!」
「だいぶ星の名前覚えたね、八丁くん」
「雇い主のおかげですっ」
「ふふ、どういたしまして。そのうち私が教えることもなくなっちゃうかも」
「……ねぇ、雇い主」
「うん?」
「俺が星の名前を覚えちゃったら……もう一緒に星を見るのは終わり?」
「え? どうして?」
雇い主は不思議そう表情を浮かべて顔をこちらに向ける。
「あーいやその……、俺ばっかりいいのかな、って。この本丸には、他にもたくさんの刀が居るしっ? 雇い主と過ごす時間を独り占めするのはずるいかと」
雇い主は少し考えるような素振りを見せる。
「うーん……逆、かもしれない」
「逆?」
「そう」
雇い主は体をごろりと俺の方へ向けて、少しいたずらっぽい表情を浮かべた。
「八丁くんが私との時間を独り占めしてるんじゃなくて、私が八丁くんを独り占めしてるの」
「なん……だとっ!?」
「ずるいかな?」
「ええ〜っと、俺は雇われ人だから……雇い主の仰せのままにっ?」
そう答えると、雇い主はクスリと笑って、また仰向けに体を戻した。
「……八丁くんが、星を見たくなくなる日が来るまで、一緒に見よう」
「俺も星を見るの好きだから……見たくなくなる日は来ないかも?」
「それなら、嬉しいな」
そう言いながら、雇い主は起き上がる。
「そろそろ戻ろっか」
「……そうだね」
本丸に戻り、雇い主が自室の手前で立ち止まり、振り返る。
「前はね、一人でゆっくり星を眺める時間が好きだったけど……。今は、隣に八丁くんが居ないと寂しいなって思うようになっちゃった」
「そっ、か」
「だから、これからも付き合ってくれると嬉しいな。……おやすみ」
そう言うと、雇い主は自分の部屋へと戻っていった。
俺はしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて自分の部屋に足を向ける。
「……ずるいんよ」
小さく呟いた声は、春の夜風にさらわれていった。
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