00:(思い出してとは言えなくて、私は啜り泣くしかない)

[1/4]
小さかった頃、君はよく笑っていた。
でも次第に笑わなくなった、笑わなくなった君は私を忘れた。
それだけがとても―――悲しかった。








「、はぁ…はぁ…っ」


痛む足が悲鳴をあげる、肺が酸素を要求している、いっそのこと楽になれたらいいのにと思う一方で守りたいものの為に止まることは許されない。自分の境遇を恨み、それでも歯を食いしばる。背後から迫る気配はいっこうに追撃をやめてくれる気はないようだ、まったくもって迷惑だ。

誰か助けて、素直に言えたらいいのに。
刻まれた恐怖はどうしようもないほど泣いて訴える、―――“それだけはできない”と。
追いつかれそうになった、“個性”をやむなく使う。場所は選べなくとも逃げることはできる、一瞬音がなくなるような感覚の後すぐに誰もいない廃墟に入り込む。追いかけてくる気配はないか確認する、安全は確保できたと確信すると腰から力が抜けて座り込んだ。


「……っ、―――」


苦しい、苦しい、苦しい。泣きたい、でもできないから代わりに押し殺すように呟く。掠れた声で呼んだのは、薄れた記憶の中で唯一浮かぶ幻の名前だった。









三月ミツキさん?」


はっと我に返ると、いつの間にか休み時間になってたらしい。大きな目を瞬かせて、不思議そうに覗きこむクラスメートの呼びかけに反応が遅れた。


「ごめん、ぼーっとしてた。何?」

「えっと、相澤先生が呼んでたよ」

「そう、ありがとう」


バレたかな、溜息をつきながら立ち上がって職員室に向かう。学校に入れたはいいけど先生がたの目があるのは面倒だ、自分だけで処理できることをうまく収められないから、尚更に。そしてクラスメートというのも面倒だ、放っておいてくれればいいのに無駄に首を突っ込みたがる奴がいる。
緑谷 出久なんかが顕著だ、嫌いな訳ではないが親しくもないのに手を出されるのは勘弁願いたい。億劫なまま、私は着いた職員室の扉を開けた。


「よお、三月ミツキ

「と、どろき……?」


相澤センセイと向かい合って背筋を伸ばして座っていた赤と白の髪に左目が青っぽい彼がそこにいた、―――轟 焦凍が。
整ってる顔立ちが軽く挨拶をしてきて、思わず鳩が豆鉄砲を食らったかのように動きを止めてしまった。うわっ、何でいるんだ。とりあえず座れ、と相澤センセイに(有無も言わさぬ圧力で)促されて腰を下ろす。


「さて、三月ミツキ。昨日、寮に戻るのが遅くなった理由を話せ」

「嫌です」

「……お前なぁ」

「い や で す。話す義理はないし、沈黙する権利は私にあります」

「……分かるか轟、この通りだ」


はーっと長い溜息を吐き出して、相澤センセイはそっぽを向いた私から轟へと話を振る相手を変えた。轟は“はあ”と短く返した、大して関心がないような感じだ。そう思うと、少しだけ胸の端っこがチクリとするけども、そんなのどうでもいい。
そもそも全く関係ない轟が何故ここに居るのか、私は是非ともそこを問いたいところなんだけど。そして、そこに嫌な予感がちらつくんだけど。


「どうしても嫌か」

「嫌です」

「それなら仕方ないよね!」

「っ!?」「お」


相澤センセイの首に巻いてる奴の中からニュッと生えるみたいに校長が出てきた、やめろ心臓に悪い。これには轟も流石に驚いたのか、彼は声を漏らした。そんな心境など露知らずの校長、愛くるしい見た目とは裏腹にとんでもない爆弾を落としてくれた。


「轟くん、君はしばらく三月ミツキさんの監視についてもらいたい!」

「はぁっ!?」「監視?」


今なんて言った、ねぇ今なんて言った!?


三月ミツキさん、君が寮に戻るのが遅くなる時、必ず負傷してきてるのを気付いてないと思ってるのかい?」

「!」

「何を隠してるかまでは知らない、だが生徒が危険な目に遭っているなら放置するわけにはいかない。かといって、教師達もそれぞれやるべき事があるし、何よりそれを見た他の生徒の目に依怙贔屓のように映ってしまうのも問題だ」

「だ、だから監視……?それならせめて蛙吹さんでも、」

「もちろん彼女にも頼んであるさ!だが一人だけで始終という訳にはいかないだろう?」


つまり交代制、だと……!?
根津校長がべらべらと御託を並べる中で私は眩暈を感じたような気がする、おいおいまさかのプライベートにまで張り付ける気満々じゃないかコレ。


「つー訳で、早速だ轟。こいつをリカバリーガールんとこまで連れてけ」

「分かりました」

「ちょっ、轟!」


立ち上がるなり私の手を引いて轟は保健室へと向かう、職員室から出る間際に見えたのんきに手を振る根津校長と相澤センセイがこの時ほど恨めしかったことはない。クッソ、何で寄りにもよって轟なんだ。

できるだけ、関わりたくなかったのに。

ちらりと前を歩く後ろ姿を見つめる、半熱半冷という二つの“個性”を持ち合わせている轟のそれを表すかのような二色の後頭部。成長期の男の子らしくゴツゴツと骨張った手、性別による腕力の差はやはりある訳でグイグイと手を引かれていく。流石に、力強くて少し痛い。


「……轟、ねえ、……ねえったら!」

「お」

「進むの速い、それに強く掴み過ぎ」

「……ワリィ」


何度か声をかけて、ようやく轟の足が止まる。同時に多少乱暴に轟の手を振り払った、多少手首のあたりがヒリヒリするなと擦ると私のそれに轟が触れてきた。驚いて思わず後退ると、彼の色違いの両目が見開かれる。


「……驚かせたか」

「……別に」

「そうか」


目を逸らして答える、周りは休み時間を楽しんだり次の授業の準備をする他の生徒で賑わう中で私と轟の間に沈黙が流れる。行けと言われてしまったからには、リカバリーガールのもとに行かなければならないんだけども。
すると、彼は差し出してきた。予想外のことに顔を上げると轟は“行かないのか”とでも問いたげに首を傾ぐ、その仕草にこびりついた残滓を思い出す。


「別に手を繋がなくたって行くよ、子供じゃないんだから」

「おい、三月ミツキ


轟を追い越して早足で先を進む、咎めるように名前を呼ばれたけども顔を見たくなくて―――いや、見せたくなくて振り返らなかった。呼ばないで欲しい、君に名前を呼ばれても悲しくなるだけなんだ。泣きそうで、叫びそうになるんだ。



(思い出してとは言えなくて、私は啜り泣くしかない)

最初 | 次へ
1/4ページ
[戻る] [BOOK] [HOME]
 
© 2019 吾輩は猫である、だがそれが如何した。