01:(お前はこんな表情もするのか)

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―――三月ミツキ 鈴音スズに嫌われている気がする、と昼食のそばを啜りながら溢した轟に緑谷と飯田は箸を止めた。


三月ミツキくんにか?」

「ああ、多分だけどな」

「ええ?何でまた……」


訝しむ二人にずるずると啜った麺を咀嚼して“分かんねえ”と轟は答えた、そうとしか言えない。

―――三月ミツキ 鈴音スズ、“個性”##RUBY#瞬間移動#テレポート##の持ち主。同じA組の女子生徒。轟が彼女に関して知っているのはそれだけ。
会話は必要最低限、これに関しては轟のみならず他のクラスメートにも同じ対応だ。ただ同じ様に監視役にと任ぜられた蛙吹と比べると会話が圧倒的に少ない、目を合わせることもしない、隣にいてもだ。
正直なところ、そこまでされるような事をしただろうかというのが轟の感想だ。考えたところで思い当たることがない、以前ならここまで気にすることもなかったというのに。煮え切らないというか、納得がいかないおかげでモヤモヤとした気持ちの悪さが続いて、つい口から滑って落ちた。


「ん〜…確かに三月ミツキさんとっつきにくいところはあるけど…」

「しかし理由もなく突き放すなど、余程のことがない限りするとは思えないが…」


二人もまたそれぞれ唸る、答えはいっこうに出るはずがなかった。

昼食を終えて休み時間、今日は蛙吹が三月ミツキについてるはずだが様子を見ようと二人の姿を探す。そう時間はかからず見つけることはできた、中庭のベンチで蛙吹の隣りに座る三月ミツキを。
すると蛙吹が轟の気配に気付き、しーっと人差し指を立てた。

よく見ると三月ミツキの頭は斜めに傾いでいて、カクン、カクンと揺れていた。そっとなるべく足音を立てずに近づく、彼女は眠っていた。


「寝不足だったみたい、ケロッ」

「…そうか」

「少しお願いしていいかしら、お手洗い行きたいの」

「ああ、分かった」


立ち上がった蛙吹を見送って、轟は三月ミツキの隣に座る。疲れているのか、寝不足が重症なのか、その気配に三月ミツキは起きることなく船を漕いでいる。普段は目を逸らして俯くおかげで見えにくい顔が顕になっている、教室にいるときは一人で窓を眺める横顔しか見たことがなかったが思っていたより幼い。それを見つめていると、呻いて眉間に皺が寄る。何となくその目元に手を伸ばすと、頬がぴくりと動いた。瞼が震えると寝ぼけた目が開く、そして轟の姿を捉えると彼女は数度瞬きして。


「…、え、あっ!?轟!?」

「おう、蛙吹ならトイレだ」

「あ、そ、そう……なんだ……?」


寝起きであまり状況が分かっていない様子だったのが、次第に理解したのか後退りかけたが蛙吹がいないと分かるとベンチの端に詰めるだけで済ませた。三月ミツキのあまりの驚き様に、咄嗟に蛙吹のことを告げたが気まずそうに目を合わせずにそっぽを向かれた。沈黙が流れる、どうしたらいいのか轟にも分からず時計の針が進むだけ。ふ、と思いついて口を開いたのは轟の方だった。


「怪我、大丈夫なのか」

「……大した怪我じゃないもの」


顔を向けることなく三月ミツキは答える、せっかく振った会話もそれだけで終わってしまった。誰かとの会話とはこんなにも緊張するものだっただろうか、轟はまたも悩み始める。ふと、くるくると落ちてきたものが三月ミツキの髪に止まった。蝶々だ、取った方が良いだろうと考えて、手を伸ばそうとするが轟は留まる。何日か前もそしてさっきも、酷く驚かせてしまっているからだ。


「……三月ミツキ、そのまま動くなよ」

「え、」


触れる前にひと言釘を差して指先を伸ばす、三月ミツキは言われた通り動こうとはしなかった。思っていたよりすんなりと触れることができて、轟は内心ホッとした。


「髪飾りみてえでもったいねえけどな」


捕まえた蝶々を風に流すように離す、とぷっとふき出すそれが聞こえた。みれば三月ミツキが手の甲を押し当てるように口元を抑え、隠し切れない部分から柔らかく弧を描いてるのが轟にも分かった。


「その台詞、ちょっとキザ…ふ、」

「そうか?」

「そうだよ、ちょっとした口説き文句になってる」


三月ミツキが笑っている、声に出すほどでないにしても見たことが無い柔らかい表情に轟は何かがひっくり返る。(ああ、こんな、)。


「そっちの方が良い」

「え?」

「お前は、もう少し笑った方が良い」


素直にそう思った、窓際に座って外を眺めているよりも、目を逸らして口を結んでいるよりも、ずっと良い。三月ミツキは数秒間を置いて、理解したのと思わられる瞬間に少し赤くなった目元を隠して、“それもキザだ”と消え入りそうな呟きを落とした。

(こんな表情かおもするのか、お前は)

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© 2019 吾輩は猫である、だがそれが如何した。