03:(少しの優越感がほしい)

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「おはよう、鈴音スズちゃん」

「お、はよう…、つ、つ…梅雨ちゃん…」


朝一番の食堂における蛙吹と三月ミツキのやり取りに、A組全員が一瞬で固まった。あの爆豪までもが、目の当たりにして目を丸くした。

三月ミツキは体育祭以前の轟以上に頑なに交流を深めようとはしなかった、壁を作るように距離を測って間を空ける。それが三月ミツキが取った方法で、クラスの皆は踏み込んではいけないと思っていた。
その三月ミツキが蛙吹を名前で呼んだ、飯田までも驚愕のあまり口を閉じることを忘れた程だ。カランッ、プラスチックの箸を誰かが落とした。


「お、おおおおおおお!?」

「え、え、えっ!?何何何何があったの!?」

「蛙吹っ!お前、なにやったんだ!?」

「ええなぁ梅雨ちゃん!」


上鳴に続き芦戸が立ち上がり、峰田が震えて麗日が羨ましがるなどなど反応がそれぞれなだけに電源オンにされたおもちゃが一斉に動き出したような騒ぎになった、蛙吹といえばブイサインをかましてのドヤ顔である。
たかが呼び方、されど呼び方。三月ミツキが呼び方を変えた、というのはA組にとって天変地異ともいえる出来事だ。
一方、緑谷の隣に座っていた轟もまた例外ではなかった。呼び方だけではなく、三月ミツキの表情までもが大理石に血が通ったように恥ずかしそうにしていたからだ。いつだか零れ落ちた笑みを見た時は“こんな顔もするのか”と感想は浮かんだ、ただ、今は。

(チリチリする)

胸の奥が焼けるような違和感を覚えて、なんだろうと彼は胸を抑える。苦しいような、ジリジリと焼かれるような感覚だ。無意識に炎の“個性”が発動してるのかと思ったがそうでもない、ならこれは一体なんだろうか。
芦戸や峰田があまりにもしつこく言及するもので三月ミツキは痺れを切らして“ああもううるさい!”とシュンッと瞬間移動テレポートで姿を消した、轟はそれを見て片付けて、飯田や緑谷を置いて先に外へと出た。
すると、少し先を疾走する背中を見つけて追いかける。

『――――』

刹那、三月ミツキの背中に朧気なビジョンが重なった。先を走る三月ミツキと被る誰かが轟に向かって何かを叫んでいた、轟はその誰かを追いかけていた、そんなデジャヴだ。
轟の足が自然と止まる、今のは何なんだ、自身に問いかけるが分かるはずもなく呆然と立ち尽くす。置いて行かれたような気がして、えもいわれぬ虚無感に襲われた。それが嫌で、再度三月ミツキの後ろを追いかけて走った。


三月ミツキ!」


追いつくと当時に三月ミツキの腕を引く、知らないうちに焦っていたのか少し乱暴になってしまった事に気づく轟だったが離すわけなもいかなかった。離せなかった、離したらあの残像のように。


「と、轟っ?」


驚いた様子で三月ミツキが轟を振り返った、轟は一瞬言葉が出てこず口元に手を当てる。不審がってる三月ミツキになにか言わなくてはと焦れば焦るほど出てこない、三月ミツキの目に戸惑う自分が映るだけ。


「轟、どうしたの?」

「……何でもねえ、行くぞ」

「?うん、あ、手を離し「離さねえ、このまま」はいっ?ちょっと、ほんとにどうしたの!?」


ちらつく幻と何に対するものなのか分からない不安が湧き上がって、三月ミツキの手を引いてそのまま歩き始める。戸惑いながら今度は三月ミツキが轟の後をついていくような形になる、離したくない、離せない、離れたくない、駄々をこねる子供のように三月ミツキの言い分は却下した。


「蛙吹のこと、名前で呼んでたな」

「……轟までそれを聞く……、そんなに気になることでもないでしょ……」

「気になる、お前、昨日まで普通に苗字で呼んでたじゃねえか」

「ええぇぇ…」


誤魔化すように出した話題に三月ミツキは片手で顔を覆いながら、恥ずかしそうに俯いた。そんなに詮索されたくないことだろうか、轟は不思議に思いながら三月ミツキを見遣る。その表情に轟の中の何かが騒ぐ、導火線の火が燻ぶるような感覚に不快感が浮かんだ。脳がそれをどう捉えたのか、轟の心にどう伝えたのか、そして無意識に弾きだされた不透明な感情に押し出されて轟の口はそれを紡いだ。 


鈴音スズ


三月ミツキ”ではなく“鈴音スズ”と呼んだ、すると彼女は時を止めたように動きがなくなり、数秒か数分か短いようで長い沈黙が生まれる。そしてのろのろと鈴音スズは轟を見上げた、驚きに目を見開いたまま。


「……呼んだら、駄目か」


口に出してから納得した、蛙吹が彼女の名前を口にした時感じたもの、口に出すまで分からなかった感情を知った。自分が汚く思えるようなそれを喉に詰まらせて、恐る恐る轟は尋ねた。


「……だ、めじゃ、なぃ…っ」


消え入りそうな声で三月ミツキは―――鈴音スズは答えた、上げた顔は泣き出してしまいそうな、それをまた手の甲で隠しながら……赤くなった耳が見えてるので意味はなさないが。轟はその答えと反応に渦巻いていた不快感が満足感に塗り替えられていくのを感じた、それは自然と顔に出たようで口元を緩ませたが轟は隠しもせずに鈴音スズに向ける。


「〜〜〜……っ、変!今日の轟、変だ!絶対おかしい!!」

「そうでもねえだろ、鈴音スズ

「わざと!?そこで名前呼ぶのわざと!?」

「ほら、遅刻するぞ鈴音スズ

「反応楽しんでる!?」

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© 2019 吾輩は猫である、だがそれが如何した。