なかなか上がって来ないのを心配して風呂場に声を掛けると返事がなかった。まさか逆上せてんじゃねーだろうな、と慌ててドアを開ける。名前、と声を掛けると眠そうに目を開ける。
「ん、ごめん、寝てた。」
とりあえず、何もないようでよかったと落ち着いたところで、何も着けず、入浴剤も何も入れていない浴槽に浸かってる名前の状態が目に入る。サスケ?と呼ばれてハッと我に返り、心配すんだろ、と吐き捨てて風呂場を後にした。何意識してんだ、俺は。熱の籠った顔を見なかったふりする。数分後、髪をバスタオルで巻いて風呂から上がってきた名前を、なぜか今更意識してしまう自分がいた。
「ごめんね、心配かけて。」
申し訳なさそうに言いながらキッチンに向かう。別に、と答えると、なんか飲む?と聞かれた。
「いや、いい」
「そ?なんかいるときは冷蔵庫から取って。」
それだけ言うと冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して飲んでいた。隣に戻った名前はテーブルにペットボトルを置いた。俺と名前のちょうど真ん中あたりに。
「欲しそうな顔してたから。」
そう言われてなんか恥ずかしくなりつつも、さんきゅ、と大人しく飲む。寒くない?と聞かれ、大丈夫だ、と答える。子供達がいないと途端に静かになる。
「私が眠ってる間、何があったの?」
「何かあったこと前提かよ。」
「なかったらあんなことしてまで起こさないでしょ、サスケは。」
あんなこと、とは明らかにキスのことで思い出して少し*が熱くなる。
「今日サクラを呼んで、」
「ここに?」
「…あぁ。」
「イチカが怒った?」
「え、あぁ。」
「なんて?」
「サクラに向かって今すぐ出てってって。俺にも、帰ってくれていい、任務お疲れ様、って。」
「ふーん。」
「その後、カカシと話して」
「火影様と?」
「あぁ。イチカは傷ついたサツキの代わりに怒ったんじゃないかって。」
「火影様がそう言ったの?」
「…悪い、シカマルにそれとなく相談して、サクラがカカシに相談して、」
「彼の中で合点いっちゃった訳ね。」
「あぁ。」
火影様はなんでもお見通しだな、と感心と諦めを混ぜ合わせたような声色で言う。
「サツキはさ、すごく聡い子なの。それこそイタチさんみたいに全部分かってて呑み込むみたいなとこがあるの。昔から。」
「…あぁ。」
自分が感じたサツキという人物像とそれほどかけ離れていなかった。
「だから、サスケが父親だってことも、私があの子にサスケを重ねて見てたこともたぶん気付いてる。」
それは、サツキがあの時の子だという告白で、名前が俺のことを忘れていなかったという告白だった。
「反対にイチカはね、正義感がものすごく強い子。」
「そう、なのか。」
こちらは反面、意外だった。
「我儘言ったり自分の意見好き勝手にバンバン言ったりしてるように見えて、他の人が関わってることがほとんどなんだよね。」
そう言って名前がペットボトルに手を伸ばし、一口飲み干す。
「最初、サスケがサツキを負ぶってきてくれた日、覚えてる?」
「あぁ。イチカにすげー質問責めにされた。」
「ふふ。あれはね、イチカが聞きたかったことなんじゃなくて、サツキが聞きたかったことなの。」
「え?」
「私が遮っても遮っても話続けてたでしょ?どうしても聞かたかったの。あの子。最後の質問を。」
『ね、イチカの父さん知ってる?』
なるほど、と腑に落ちる。
「サツキは何があっても自分じゃ聞かないな。」
修行中どんなに時間があったって核心には絶対に触れてこない、と言うと、うん、そういう子なの、と愛おしそうに言われた。
「イチカの父親って?」
「サスケの思ってる通りだよ。」
「イタチか。」
「サツキを一人で子育てするの不安で不安で押し潰されそうなときにイタチさんと会ったの。偶然。サスケの子守で慣れてるから任せろ、って手伝ってくれて。」
「…そうかよ。」
「病に蝕まれて余命幾ばくかって気付いたときに、私ができることって何かなって考えて、」
「それでヤッたのか、」
なんとなく面白くなくて棘のある言い方をしてしまう。
「…そんな言い方しないでよ。全てを犠牲にして、なお幸せそうにサスケに殺されるのを待つ姿、見てて苦しかったんだもん。」
心境は複雑だが、人様のことを言えた立場ではない。こちとら既婚者で娘もいる。
「じゃあオリテは?イチカがイタチの子ならオリテの父親は別の奴だろ。」
言い放った言葉が案外冷たくて自分でも驚く。
「わからない?」
そう言って自嘲気味に笑う顔は素直に可愛いと思った。俺の子がサツキでイタチの子がイチカ、ならオリテも最初の文字は同じなんだろうと思う。オ?
「まさか」
「ふふ、私うちは復興にかなり貢献してるでしょ?」
そう言って長い睫毛が揺れる。涙ぐんだ目で遠くを見る姿は儚くて、今にも消えてしまうんじゃないかと心配になった。
「自己満足だったのかな。父親がいなくても幸せにできる、なんてさ。」
バスタオルを頭から外して、まだ乾ききっていないところを乾かす姿を見て、子供を起こしたくなくてドライヤー使わないのかって、なんか驚いた。
「まぁ、父親が生きてても幸せかどうかは分かんねーしな。」
ん?と首を傾げて続きを促される。
「俺、まだ娘に、サラダに触れてない。」
目をまん丸にしてこちらを見て、そう、と零した。責められると思ってたから待っても来ない反応に拍子抜けした。
「怖いの?」
こわい、その言葉がなぜかしっくりきた。
「かもな。サクラから手渡されそうになったとき、咄嗟に拒否するくらいには。」
「あらら。」
それでうちの子に怒りの矛先が向いたと、としっとりと言われて悪い、と呟く。
「私も怖かったよ、最初サツキを抱いたとき。」
「え?」
「大好きな人との子だったし、愛する自身はあったんだけど、でも、家族の記憶が薄い私が親でいいのかな、なんて。」
最初の方は告白みたいに聞こえたけど、敢えて聞かなかったことにした。
「サスケが里抜けしたときも、私引き止め部隊にすら入ってなかった。そんな薄情な私に子供なんてって。無償の愛なんてって。」
「名前、」
「でも不思議と、勇気を持って抱いて見ると、もう抱くのが当たり前で、愛するのが当たり前で、何を戸惑ってたんだろうって思えてくるの。」
きっと1人で赤子を育てるなんて、大変だった筈だ。それこそ、分身でもしないとやってけなかったのかもしれない。サクラには頼れる実家があるけど、俺にもこいつにもそんなものとっくになかった。
「最初だけだよ、怖いのは。」
そう言って俺に笑いかける名前は強いなと思った。