10. 世間話

それからサツキはオビトさんをひどく気に入ったようで、おじさんこないの?、と頻繁に聞かれていた。

「お目目痛くなったら来るかもね。」

望んだ答えでなかったらしく、イチカの方へ歩いていく。もうそろそろ、遊び相手が欲しい頃だよね、と寂しさと一緒に見つめる。同い年の子と駆け回ったり、喧嘩したり、そういう機会作ってあげたいなと思う。それと同時にずっと目の届く範囲で大事に大事に守っていたいとも思う。ピンポーン。今まで一度も使われたことがなくて一瞬何の音だか分からなかったが、ドアベルが鳴り響いて思考を一旦中断する。

「おじさん?」

嬉しそうに玄関に駆け寄るサツキの後を追う。

「待って、」

まだ届かないドアノブを必死に開けようとする姿に、開けるから下がっててね、と声を掛ける。ガチャと音を立ててドアを開けると、面をつけて暁のマントを着た人が立っている。前回から急に玄関を使うようになったらしいその人に、どうぞ、と声を掛ける。

「やっぱりそうだー。」

そう言ってマントの後ろを付いて歩く姿に少し嫉妬する。

「元気だったか。」

低い位置にある頭を撫でながら声をかけている姿は確かに親戚のおじさんみたいだった。まぁ、血の繋がり的には実際に親戚のおじさんではある。

「ね、またまほう、みせてー?」
「魔法?」

寝付く前に読んであげた最近お気に入りのファンタジーの絵本を思い出す。サツキにとって初めて見た忍術は魔法に見えたようだ。

「あぁ。母さんに目を見て貰って時間があったらな。」
「やくそくだよ?」

キラキラした目でそう言うと、とたたっとイチカの元に走っていった。

「懐かれちゃいましたね。」

椅子に腰掛け面を外すその人に声を掛ける。

「うちはほど愛情深い一族はいないらしいからな。」

誰に言われたのか、そう言うと目を伏せる。いくつかの写輪眼が思い出される。イタチさんにしても、昔少しだけ遊んで貰ったシスイさんにしても、カカシさんにしても、この人にしても、確かにすごく優しかった。あ、カカシさんはうちはじゃないか。

「じゃあ、治療していきますね。」

目に手を翳す。遠くで聞こえる我が子の声に安心する自分がいた。

「いつも、あぁなのか。」

一瞬何のことかわからなくて間が空く。

「息子ですか?最近はずっとおじさん来ないの?って質問攻めでしたよ。何も教えてなくても忍の素質あり、なんですかね。」
「男なら興味を持っても不思議じゃない。…いつも、食事の時はあぁなのか。」

違ったらしい。まさかひと月以上も前の事を聞かれていたとは知らず、え、と声が出た。

「あれじゃあ、お前は食うに食えないだろう。」
「そう、ですかね。もうずっとあぁいう感じなので、慣れですね。特に不便に感じたことはないですよ。」

自分で発した癖にその言葉を聞いて、そういえばイタチさんが最後に来てくれた時からまともに落ち着いて食事をしたことはないな、と気付く。

「まさか、もう一体分身で金を稼いでいるのか?」

ギョッとしたように表情が動く。どう繋がってのまさかなのかは分からないが、治療されていないグルグルの目が此方を見る。

「いえ、さすがにそれは。私、あまりチャクラ量も多くないですし、この辺りだと一般人に紛れて職を探さないといけないので、拘束時間が長いんですよ。」
「そうか。」
「生活費は、ありがたいことに、イタチさんが遺してくれたものを切り崩して、暮らしています。」

聞かれた訳ではないけど、沈黙に何か考えているのかな、と思い至ってそう口にした。

「脅すようにして治療をさせておいてなんだが、ここまできちんと治療をされて、特に何も要求されないと、さすがに良心が痛む。」

良心あったのか、というのは胸に留めておいた。

「金が必要なら、遠慮なくそう言えばいい。他にも何か必要なら、できる限りの事はする。」

あぁ、これがうちは一族の愛情深さか、と変に納得する。足りなくなったチャクラを補充するため手を止め、椅子に腰掛けると、閉じられていた目が開く。言われてみれば、イタチさんも唐突に申し訳なさそうにお金、持って来てくれたな、と思い返す。

「木ノ葉の女ってのは、みんなそうなのか。」
「?」
「献身的で慎ましくて、心ない男に傷つけられる。」

みんなに誰が含まれているのか、心ない男は誰を指しているのか、よく分からない言葉だった。心ない男に傷つけられたのは誰なんだろうか。

「みんなかどうかは分からないですけど、私は大事な人のためならそうなるみたいです。里にいた時に、先輩に何度健気だねって言われたか分からないです。」

自分では全く自覚ないんですけどね、と続けると、大事な人か、と呟かれる。遠くを見る目、誰かを思い出しているような目だった。それは、いつか見た、慰霊碑の前に佇むカカシさんの姿と重なって、きっとこの人たちにも何かあったんだろうな、と思わされる。会ったこともない、伝説に残るような有名人でもないこの人の名前を知っていたのは、カカシさんが教えてくれたからで、私が知っているこの人に関する微々たる情報は全て彼を通して得たものだった。バカだった俺を守って死んだ、と後悔の色を隠そうともせず、戒めるように私に教えてくれた姿を思い出す。目の前の人が実は生きていたと知ったら彼はどう思うだろうか。たくさん背負っている負担が少しでも減るのだろうか。チャクラが回復した手をもう一度目元へ翳すと、大人しく治療されている。

「お前はどこか似ている。」

誰にとは言わない。私も聞かなかった。

「だから、いつか同じようにいなくなるんじゃないかと、不安になる。」

その人はこの世にいないらしい。

「あいつみたいな奴に命を奪われるんじゃないかと。」

あいつ、とは誰なんだろうか。

「まぁ、私、戦闘タイプじゃないですし、下手したら中忍にもやられちゃうかもしれないくらい、うちはとしては残念な出来ですけど、今我が子を遺しては逝けないので当分は誰にもやられないですよ。」

お気遣いありがとうございます、と本音と社交辞令の合い混ぜのような言葉を告げると、そうか、と小さく言われた。

「もし、もし自分の望む世界が手に入るとしたら、お前はどんな世界がいい?」

誕生日プレゼントを子供に訊ねるような口調だった。

「うーん、なんだろうな。結構難しい質問ですよね。」

驚いたように見られた。

「だって、今でも結構幸せだから。まぁ、外から見たらそうは見えないかもしれないですけど。」
「、それにしても、何かあるだろう。イタチには生きていて一緒に子育てして欲しかった、とか。」
「あー、確かに。イタチさん、心強かったもんな。」

思い出して*が緩む。泣き止まないサツキを一発で泣き止ませたっけ。あれこそ本当魔法だと思った。

「うーん、なんだろう、オビトさんならどうするんですか?」
「俺は、彼女のいる世界を、」

そう言って言葉を区切る。彼女、は私と似ていると言ったその人なのかもしれない。

「ふふ、なーんだ、ちゃっかり大事な人、いたんですね。」

さっき寂しそうにしてたから、今までそういう人いなかったのかなって少し不憫に思っちゃいましたよ、と冗談を言うと、むくれた様にそっぽを向いた。

「で、答えは?」

どうしても訊きたいらしい答えを治療の手を止め、今度こそしっかりと考える。自分の望む世界、か。

「この子たちが何の不自由もなく大人になって、自分の夢を追いかけてる世界、ですかね。で、もし欲張るなら、木ノ葉で初恋の人との約束を果たしたい。」
「初恋の人、か。イタチが妬くぞ。」
「ふふ、そうかもしれませんね。」

だから、もし、叶うなら、と続ける。もし叶うなら、忘れるなよ、と言ったあの人とまた一緒に過ごしたい。ほろり、と*を暖かいものが伝って、泣いているのだと気づいた。

「すまない、辛いことを思い出させたようだな。」
「いえ、こちらこそ、里を抜けた時だって何ともなかったのに、私、どうしたんだろう。」

今になって流れる涙に自分でも驚く。

「かあさん、ないてるの?かなしい?いたい?」

いつの間に寄ってきたのか、息子が心配そうな顔でこちらを見ている。だいぶ重くなってきたその体をよいしょと持ち上げ、膝にのせる。

「んーん、大丈夫。何でもないの。心配してくれてありがとう。」

落ち着かせるように目を合わせると、成長するにつれ似てくる今想って泣いた人の面影が見えて、涙は止まるどころかまた溢れる。

「おじさんなんてきらい!かあさんなかせるな!」

涙を滲ませながら真向かいの人を振り向いた息子の顔を見て、その肩が揺れた。いつの間に付けたのか、いつもの面をしていた。

「すまなかったな。」

本当に申し訳なさそうにそう言って立ち上がると、私たちに背を向けた。

「初恋の人との約束か。サスケも罪な奴だな。」

吐き捨てるように残された言葉が宙を舞った。律儀に玄関から出て行くと、静かに音を立ててドアが閉まった。