12. 置き土産

「かあさーん、おはよー。」

その声にハッと目を覚ます。ガバッと起き上がるとソファに横になっていたようで、足元には毛布がかけられていた。壁に掛けられた時計を見ると8時を指していて、昨日はあのまま眠ってしまったのだと気付く。

「おはよう。」

立ち上がるも腰に違和感が走って、昨日の出来事は現実だと告げていた。もちろんサスケの姿はそこになくて、キッチンに向かうと昨晩使われたであろう食器と見覚えのあるグラスが洗われてあった。イチカを起こしに行って影分身を解いて、記憶のない間の出来事を探る。晩ご飯は影分身が用意したようだった。

「おじさん、こないね。」
「昨日誰か来たの覚えてる?」
「?きのうは、みんなでおかいものいったよ。かあさん、おぼえてないの?」
「!そっか、そうだったね、母さん寝ボケてたみたい。」

サスケが子供達に幻術でも掛けたのか、彼の来訪は覚えていないようだった。お昼を食べ終わった頃、ピンポーン、とドアベルが鳴る。

「うわさをすれば。」

玄関へ向かう息子の背を追う。どんどん言葉を覚えていくなとくすくす笑う。昨日のことを思い出して少し緊張しながらドアを開けると、いつも通りのお面だった。

「おじさん。」

恐々と声をかける息子に、前回面と向かって嫌い宣言したんだっけ、と思い出す。

「ごめんね、ほんとはきらいじゃないよ。」
「分かっている。母さん泣かせて悪かったな。」

頭を撫でられ嬉しそうな顔をした息子を微笑ましく見守り、声をかける。

「どうぞ、上がってください。」

一度小さく肩を揺らして、あぁ、と返事をすると部屋へと上がっていった。少し違和感を覚えるも、いつも通り椅子に座って、いつも通り面を外したので、こちらも治療の準備をする。

「じゃあ、治療、」

言葉が続かなかったのは、気まずそうに目を逸らす姿が目に入ったからだった。

「?どうかしました?」
「い、いや、何でも、何でもない。」

絶対何でもなくないんだけど、どうしたんだろうか。

「サスケにこの場所、教えたんですね。」

盛大に肩を揺らしたかと思うとおずおずと目を合わされる。

「その事なんだが、」

歯切れ悪く切り出す姿に、昨日のサスケも何か言おうとしてたな、とふと思う。

「何か、言ってましたか?」

その問いは意外だったのか、目を丸くし、いや、とだけ答え、治療を頼む、と言った。治療させてくれなかったのは、そちらなんですが。

「じゃあ失礼しますね。」

そう言うととっとと目を瞑った姿に、何なの、と心の中で文句を1つ吐いてから、いつも通り治療を行う。いつも以上に言葉少なに治療されている姿にまた違和感を感じるけど、そこまで踏み込んだ仲でもない。知らないフリをする。かなり目を酷使しているようで、前回よりも悪くしない程度にしか治療できないけれど、それでも十分だと言うので、お言葉に甘えることにした。

「サツキを少し借りてもいいか。」

面を付けていつも通りの口調で言われる。

「危害、加えないなら。」
「約束する。」

そう言ってサツキを呼びに行き、何やら2人で外に出る。慌ててイチカを影分身に任せて外に出ると、何やら忍術を教えているらしい。

「ちょっと、何やってるんですか!」

怪しいお面にそう怒鳴ってサツキを自分の方へ手繰り寄せる。

「護身術だ。外で遊ぶ時には覚えておいた方が安心だろう。」
「まだ3歳なんですよ?必要ありません。」

珍しく私が声を上げるので怖かったのか、サツキが足にしがみついてくる。

「ずっと手の届く範囲で育てる訳にもいかないだろう。」

その言葉はぐさりと胸に刺さる。昨日のサスケとの再会で、余計にナーバスになっているのかも知れない。

「それに、こいつは、うちはだ。早かれ遅かれ忍になる。」
「しのび?」

サツキが訊ねる。

「あぁ。お前の母さんや父さんと同じように、忍術を使うようになる。」

噛み砕いたつもりなのか、全く噛み砕けていない説明にサツキが混乱している。

「それでも、今は、必要ありません。」
「これから当分来れなくなる。お前たちにしてやれることを考えると、これくらいだった。」

イタチさんといい、この人といい、サスケといい、そうやって簡単にいなくなる。これもうちはの血なんだろうか。

「俺にも1つくらい命を守る手助けをさせろ。」

私は何も言えなかった。

「サツキ、おいで。」

呼ばれてサツキが私の足から離れてそちらへ向かう。何故か『サスケ君は必ず私を求める。力を求めてね。』という薄気味悪い声が聞こえた気がした。