14. 息子の決意

物心ついた頃から俺たちは山奥で過ごしている。贅沢はできないけど、母さんがいて、妹と弟がいて、慎ましくも幸せに暮らしていて、それが案外嫌いじゃなかった。

「いってきます。」
「はーい、気を付けてね。暗くなるまでには帰ってきて?」

いつもと同じ台詞を言って母さんに背中を見送られて庭の練習場スペースへと足を運ぶ。まだ自分がもっと幼い頃に家に来ていた仮面の男が作ったその場所は、だんだん自分でも改良を加え、最近ではもっとも長い時間を過ごす場所になっていた。他のことはあまり覚えていないけど、教えて貰った手裏剣術や変わり身の術は今でもハッキリ記憶に残っている。他に誰も聞く人がいないし、幸か不幸か時間は持て余す程ある。コツコツと修行を重ねていた。

「っサツキ!」

名前を呼ばれて、ハッと気付く。どうやら疲れて眠ってしまっていたようで、辺りは完全に暗くなっていた。

「サツキ、怪我したの?どこも痛くない?」

見たこともないくらい焦る母の姿をまだ寝惚けた頭で捉える。

「ごめん、母さん。寝ちゃってたみたい。」

所々傷がついた身体を見渡して、今にも溢れそうな程目に涙を溜めた姿に申し訳なさを覚える。身体を気遣うようにそっと抱きしめられ、耳元で小さく鼻をすする音が聞こえた。

「よかった、帰って来ないから、何かあったのかと、」

心配しすぎだよ、と思うけど、何故か口には出せなくてされるがままの状態だった。

「お腹すいた?ご飯できてるよ。」

パッと体を離してそう言った母はいつも通りの笑顔を浮かべていた。

「母さん。」

食卓について、まだ幼い弟の食事を心配そうに見守る母に声を掛けた。

「ん?」
「俺、忍になりたい。」

柔らかかった表情が一変、ピキッと固まる。俺の顔をじっと見て、何か考えているようだった。

「そっか、サツキは忍になりたいのね。だから、毎日頑張ってたんだ。」

微笑んだ母はいつもの母で、少しホッとする。

「サツキはね、あんまり覚えてないかもしれないけど、昔忍に会ったことがあるの。その時に忍術を見て、憧れたんだよね?」
「うん。覚えてるよ。」
「でも、忍になるってことはまだ知らないでしょ?覚悟はできてるの?忍は格好いいだけじゃなくて危険と死と常に隣り合わせなんだよ。」

今度は悲しそうな寂しそうな顔をする。

「それでも、俺は、忍になりたい。」

母さんの温かい手が*に伸びて来た。親指でそっと*を撫でられるのがこそばゆかった。

「母さんや、イチカや、オリテを守れる、強い忍になりたい。」

こちらを見ているのに、何故か母さんとは目が合わない。俺を見ているのに、誰か違う人を見ているようだった。

「そっか。うん、分かった。学校が近くにないか、調べてみるね。」
「!ありがとう。」

笑いかけるとつられたように笑顔になった母に、なんとなく違和感を覚えた。

「サツキくんのお母さん?」

たまに街で遊んだときに、母さんが仲良く話しているおばさん達にこそっと母のことを訊ねてみた。

「名前ちゃんかぁ、いい子よね。まだ若いのにしっかりしてて。」
「今の子にしちゃ珍しく礼儀正しいわよね。ここに来るまでのことは知らないんだけど、いいとこのお嬢さんだったんじゃないかしら。」
「何年か空き家だったところに、ちょうどサツキくんが生まれるぐらいの頃に突然引っ越して来たのよ。」

どれも深入った情報はなくて、普段の母さんの話しか得られなかった。どうやら前は別の所に住んでいたらしい。

「母さん、俺たちはずっと此処に住んでた訳じゃないの?」
「どうしてそう思うの?」
「なんとなく。」

そう、と一度言葉を区切ると、そうだよ、よく分かったね、と言われた。

「前にいた所には、忍はいた?」
「…うん。いたよ。」
「俺の、俺たちの、父さんも、忍だった?」

何度聞きたくても言えなかった質問を口にした。

「うん。忍者だった。」

凄く強かったよ、と過去形で言われて、父さんにはもう会えないんだろうな、となんとなく思う。

「母さんも、忍だった?」

おいで、と呼ばれて久しぶりに母の膝に乗せられる。恥ずかしいけど、嫌ではなかった。

「母さんは忍じゃなかった。でも、母さんのお父さんが凄く強い忍の家系だったよ。」
「そうなの?!」
「そう。だから、サツキももしかしたら強い忍になれるかもね。」

本当は俺には忍になって欲しくないんだと思う。それでも俺がなりたい、って言ったから応援してくれているのは分かった。

「うちは一族って言ってね、前に住んでた所では1、2を争う有名な家系だったの。」
「へぇー!」
「その一族がなくなっちゃったから、私の母さんの姓を名乗ってるんだけど、その血はサツキにも流れてるよ。」

一族がなくなった、というのがどういうことなのかは、よくわからなかった。ただ、自分にも強い血が流れているというのは、心強くてわくわくした。

「サツキ、母さんの生まれ育った故郷に行きたい?」

大きく頷くと、分かった、と笑顔で頭を撫でられた。