一通り荷物が片付いたのは里へと足を踏み入れた1週間後で、すでに子供達のアカデミー入学の日が迫っていた。真剣に忍びになりたい、と言ったサツキに便乗して、えー、イチカもー!、と泣き喚く長女にサツキと同じ忍の厳しさを教えたのが昨日のことのようだった。サツキはどこかで見た弟想いな兄のように、じゃあイチカも一緒に、と優しく微笑んだ。遺伝よりも育ての親の方が性格に影響するのかもしれない。
「本日より入学させていただきます、苗字サツキとイチカなんですが。」
珍しく緊張した面持ちの2人を連れて、言われた通りアカデミーの受付へと向かう。
「あぁ!火影様からことづかっています。少々お待ちください。」
人の良さそうな笑顔でそう言われ、子供達にそれぞれ書類を渡してくれる。クラスと校内地図、授業や時間割などがまとめられていた。
「ありがとうございます。」
「とんでもありません。二人とも、何か困ったことがあったらいつでもおじさんに相談しに来ていいからな。」
子供達に向けてニカッと笑ったその人にもう一度頭を下げて、2人を校舎へ見送った。
「子供は1人だけかと思ってたけど。」
聞き慣れた声が後ろから聞こえた。気配に気付かないくらいには私も怠けているらしい。
「その後も色々ありまして。」
「ふーん、立ち話もなんだし、火影室までついてこない?」
職場の説明もしたいし、と言われる。ちらりと横を見上げると、こちらを窺うように見下ろされていて、クスッと笑みがこぼれた。
「はい。ふふ、なんか変な感じですね。」
距離の取り方に迷っていたのか、昔のように話しかけると、ホッとしたように頭を掻いた。
「お久しぶりです、カカシさん。お元気そうで何よりです。」
「ん。そっちこそ。」
「火影様になられた、って片田舎まで噂が届いて来ましたよ。」
「そりゃどーも。」
「私、困った時に真っ先に顔が浮かぶの、カカシさんみたいで。」
「そ?身に余る光栄だね。」
「なんでこんなによくしてくれるんだろう、って不思議なくらい、あの、いつも、ありがとうございます。」
ガチャと火影室のドアを慣れたように開けたカカシさんの背中に言葉を投げかける。ずっと言えなかった感謝の言葉が自分の耳を通して聞こえて、顔が熱くなっているのがわかる。少し*を赤らめたカカシさんはちょいちょいと手で私を拱いて、火影室の中に入るように促す。思い出したようにドアを閉め、そちらに歩み寄ると力強く腕を引かれて腕に収められた。
「成長して素直になったんだ?」
「も、もとから思ってましたよ?言えなかっただけで。」
「それを世間では素直になるって言うんだけどね。」
「意地悪なの、変わらないですね。結構勇気出して言ったのに。」
「ん。」
「カカシさん。」
「心配した。」
聞いたことないような心細そうな声に、頼り甲斐のある胸についた手にギュッと力を入れる。*を摺り寄せると背中に回った腕に力がこもった。
「連絡もせず、すみませんでした。」
「まぁ、いっぱいいっぱいだったんだろうことはわかってたけどね。」
「仰る通りで。」
「あいつとは、あれから?」
「会ってないです。」
あいつ、と名前を出さなかったことに軽く違和感を覚えていると、派手な音を立てて火影室のドアが開いた。
「六代目!どこ行ってたんす、か。」
音がした方を見ると慌てた様子で声を荒げた男性が入り口に立っていた。その目が見開かれて、次の瞬間に*を赤くし目を背けられる。
「あ、すみません、そういうことっすか。」
何かを納得したらしい声に冷静に考えると、今、私は火影室の真ん中で火影様に抱きしめられていて、誤解を受けるには十分な光景だった。失礼します、とドアをまた閉めようとするその人に、待って、違うんです、と慌てて声をかけ、力に任せて腕の中から抜け出す。
「くくくっ、誤解されちゃったね?」
「分かっててやってたんですか?感動返してください、趣味悪い。」
「なーによ、俺もちゃんと感動してたんだからいいでしょーよ。」
軽々とした足取りで重厚な机と椅子が置かれた方へと向かう姿が見える。
「何がいいでしょーよですか。」
「だいたいシカマルの気配ひとつ気づかないなんて、随分怠けてたんじゃない?」
「自分でも気にしてるんだから追い討ちかけないでください。」
「やだなー、そんな失礼な奴じゃないよ、俺は。どこかの天才上忍とは大違いでしょ?」
「…まだ根に持ってたんですか。」
「じゃれ合うなら他でやってくださいよ。」
「違うから!何もないから!」
必死で誤解を解こうとする私をジトリと見て、カカシさんへと目をやったその人は、はぁとため息を一つ吐いている。
「何もないはひどくない?俺、結構、お前のこと気にかけてやってると思うけど。」
「そ、れは、言葉の綾というか、大変お世話になってることは重々承知してます。」
「これのどこが違うからなんだよ。めんどくせぇ。」
くくく、と喉を鳴らして笑ったカカシさんは、観念したのか、シカマル、こいつ俺の可愛い後輩、と紹介した。私はカカシさんの可愛い後輩だったらしい。
「訳あって何年か里を離れてたんだけどネ、先週帰還したのよ。お前も忙しいと思うけど、ま、手が空いてたら気にかけてやってよ。」
「カカシ先生がただの後輩とあんな風に抱き合ってるの、俺は見たことないっすけどね。ま、そういうことっすね。了解っす。」
何がそういうことっすね、かは分からないけれど、盛大に誤解を受けているような気がする。
「火影様には、昔任務等でお世話になりまして、先ほど何年かぶりに帰郷したので、報告を。」
ご挨拶遅れました、とお辞儀すると後ろから楽しそうな声が聞こえてくる。
「任務『等』ね。そこまでカバーできないんじゃない?『等』って言葉じゃ。」
「10年分からかえなかったのを今取り戻そうとするの、やめていただけますか?火影様。」
くつくつと笑いながら火影室の椅子に座るのを見て、本当に火影なんだなぁと今更ながらに実感する。
「これ、資料ね。病院でのお決まりごととか色々、あと勤務形態とか給与とか、事務手続き関連はこれ見て頂戴。」
「ありがとうございます。」
「テンゾウも、今は上忍として動いてるから、そのうち会ったら挨拶してやれば?」
「そうでしたか。はい、お気遣いありがとうございます。」
「イビキとアンコも相変わらず拷問班にいるから。ま、今は育成メインだと思うけど。気が向いたら声掛けてやって。」
なんだかんだ気にしてるみたいだから、と言われ、記憶にある2人の姿を思い浮かべる。
「ありがとうございます。」
「まぁ、落ち着いたら酒でも飲みながらゆっくり話聞かせてちょーだいよ。」
目を細くして笑う表情に、そうか、もうカカシさんと盃を交わせる年齢になったのか、とふと思う。
「是非。それではお忙しいようですので、私はこれで。お体ご自愛くださいね。」
「ん。お前もね。」
入り口で一度頭を下げて部屋を後にする。変わらない優しさが身に染みた。