19. 盃

いつにも増して賑やかに食事を終えた所で、子供達が順番にお風呂に入る。カカシさんにビールとおつまみを出して、下の子2人を寝かしつけた。その間に、ずっと緊張してて喋り足りなかったのか、客人を放って置けないと気にしたのか、サツキが話し相手をしている。我ながらよくできた息子だと思う。

「すみません、待って貰っちゃって。」
「んーや、サツキともゆっくり話せたし、丁度良かったよ。な?」
「は、はい。あの、ありがとうございました。」

そそくさとお風呂に向かう姿を見送る。

「サツキ、良い子じゃない。本当に血分け合ったのかね?」

冗談を言ってくるその人の中身が減ったグラスにビールを継ぎ足し、自分のグラスにも注ぐ。

「自分でもビックリしますよ。私には勿体無いくらいの子だなって。」

グラスを掲げられ、同じように持ち上げると、コツンとグラスがぶつかった。一口飲み込むと苦味が口一杯に広がった。私の表情を見てこちらの様子を窺っていたその顔が緩んだ。

「父親のことは知ってるの?」
「いえ。うちはの血が流れていることは伝えましたが、それ以上は。」
「そ。」

一応、ワインとか、焼酎とか、日本酒とか、一通り揃えていたけど、いや、これで、とビールを煽る目の前の姿を見遣る。

「下の2人のことは聞いてもいいの?」

たこわさを箸でつつきながら、こちらを見ずにそう言った姿は、妊娠を相談した時と重なる。

「えっと、2人とも父親はもう、いないです。」
「ふーん。」
「本人達も何故か気にしていないようで。まだ小さいから分かっていないだけかもしれないんですけど。」
「でも長男は違うんでしょ?」
「はは、さすが、すべてお見通しのようで。」
「さっきね、話してる時にチラッと聞いて。」
「!そうでしたか。」
「『サスケに似てるってばよ』って言われたって。まぁ、その口癖はうちの馬鹿正直な教え子しかいないんだけど。」
「あはは、似てるなって思ってるの、私だけじゃなかったんですね。」
「顔、ソックリだよネ。」

中身は相当大人だけど、息子くんの方が、と続ける。

「私だめなんですよね、重ねて見ちゃって、サツキに。」

そう、とグラスを煽りながら聞いてくれる。

「多分、それはあの子にもバレてて、気をつけないとなーとは思うんですけど。」
「似てるからね。」

頷いて、今度は私がグラスを煽る。念のため用意しておいた甘い缶酎ハイに手を伸ばす。

「もちろん、あの子自身が忍になりたいって言ったからってこともあるんですけど、」
「うん。」
「あのままだと、ずっと手の届く範囲に留めてしまいそうで、怖くなって、戻ってきました。」
「まぁ、それだけ1回目がショックだったってことだね。」
「当時は気付かなかったですけどね。後から後からジャブのように効いてきました。」
「泣きもしない姿を見てるのは心苦しかったよ。」

嘘か本当かそんなことを言われる。確かに、そのことで初めて泣いたのはイチカが生まれた後だった。

「ずっと、1人で育てるつもり?」

そう聞かれた時に、病院で会ったピンクの髪の女の子と、その人の噂を思い出した。きっと、カカシさんも、知ってる。

「サスケ、結婚、したんですね。」
「あー、やっぱり、聞いた?」
「たまたま。」
「こればっかりは、俺が止めるのも変な話だし、2人とも教え子だし、ね。すまん。」
「カカシさんが申し訳なく思うことなんて何もないですよ。」
「残念ながら、木ノ葉は重婚認めてないしネ。こればっかりはさすがに俺もお手上げな訳よ。」
「分かってます。カカシさんにはもう十分すぎる程、それ以上にお世話になってますから。」

里を離れると決めたのは他でもない自分だったのだ。それは何も責められない。

「イタチさんに2人して月読を掛けられた時のこと、覚えてますか?」
「あぁ。お前が人形みたいになっちゃったときね。」

あれ、すごい心配したんだからネ、と言われる。

「その節はご心配をおかけしました。」
「いいんだけどさ。」
「その時にイタチさんにサスケのことを相談してたんですけど、」
「...それは初耳だね。」
「後で会った時に、その時の私を見て、一旦距離を置かせないとと思わされたって言ってました。」
「いろいろ聞きたいことはあるけど、聞かないでおいてあげるよ。」
「多分、私じゃだめだったんですよ。」

そう言った私を切なそうに見たカカシさんは、本当に私のことを思ってくれてるんだな、と今更ながらに思った。

「春野さんって、サクラ、って、サスケから何度か聞いたことがあります。同じ班だったんですよね?」
「うん。」
「嫌われたくなくて逃げた私には届かない位置だったんですよ。」

涙は出なかった。

「名前。」
「一度、もし自分の望む世界が手に入るならどうする?って聞かれたことがあるんです。」
「ん、それもあんまり聞かないでおくね。」
「その時、私、全然何も浮かんでこなくて、あぁ、今幸せなんだなって思ったんです。」
「へぇ。ちゃんと母親やってたんじゃない。」
「自覚なかったですけどね。で、絞り出すように出した答えが、あの子たちが何の不自由もなく大人になって、自分の夢を追いかけてる世界、だったんですよね。」
「あの頃の泣き虫に見せてやりたいねー。」
「ふふ、だから、これからも、1人で育ててるんだと思います。」

そっか、と言って手酌で日本酒をお猪口に注ぎ出したのを見て、慌てて徳利を奪い取る。

「だから、私のことはもう心配しなくて大丈夫ですよ、カカシさん。」

ぐっと一気に飲み干したのを見てグラスにお水を注いで渡した。

「カカシさんが幸せになってくれないと、死んでも死にきれないです。」

コトンとグラスを置いて、少し赤らんだ顔でこちらを見られる。意外とお酒はそこまで強くないらしい。

「そういうこと、冗談でも口にしないの。」
「すみません。」
「でもま、強くなったようで、俺も安心だよ。」
「幸せといえば、カカシさん、良い人いないんですか?」

居たらこんなところで厄介な後輩の面倒なんて見てないよ、と笑って言われる。もう一度お猪口を空にしたカカシさんに、お水飲んだ方が良いです、と差し出す。突然その手を掴まれ、盛大に揺れたコップから水が溢れ重なった手に水がかかる。

「名前、辛くなった時は、俺がいるから、いつでも逃げておいで。」
「カカシ、さん?」

酔って潤んでるけど真剣な目で見つめられると目を反らすことなんてできなかった。顔が近づいてきて、いつもの覆面から一瞬素肌が見えて、チュッと軽やかな音がする。遅れて顔が熱くなるのが分かって、余計に熱が篭っていく。思い出したように、今触れられた額に手を当てた。

「そういう顔も、できるのね。」

クスリと笑って、随分中身の減ったコップを奪い取られる。喉仏がゆっくり上下に動いて中身が減っていく。

「なーんか、手がかかるな、と思って目が離せなかったのに、知らない間に成長しちゃって、寂しいじゃない。」

いつもの減らず口は役に立たなくて、じゃあ、そろそろお暇するよ、という声に、お気をつけて、と見送るしかできなかった。