その週の始めは朝から外回りだった。若手エースに頼まれたあの客先訪問だ。早めに集合場所に向かうと見慣れた姿が既に見える。
「早いね。」
「おはようございます。まだ、あと2人来る予定なんですけど、5分前までは待とうかと。」
「ん。気にしないで、早めに来ただけだから。」
いつもより目を合わせず事務的に言われた姿に違和感を抱くも特には気に留めない。何気なく彼女の後ろに回っていつも通り纏められた髪を見た。ふと見覚えのある所に赤みがかってるのを見つけて、途端狼狽える。首の後ろ。自分では分からない所。
「あ、と、今日は、髪、下ろした方がいいんじゃない?」
「え?変でしたかね?」
そう言って束ねた髪のてっぺんを手で確認している。
「首の後ろ。」
「?」
「キスマーク、ついてる。」
「!」
頸を手で押さえてくるっと此方を振り向いて、真っ赤な顔で見上げてくる。
「え、嘘、すみません。」
「他の奴ら来る前で良かったね。1ヶ月は噂になるよ。」
言い終わる前に簡素に縛られていた髪が目の前で解かれる。その髪は自分が恋い焦がれた、あの長くてふわふわした髪とは別物に思えた。少しが跡が付いてしまったストレートな髪をさっと手櫛で整える様子を眺める。
「ん、大丈夫。」
「あ、ありがとうございます。」
全く男っ気が無さそうだと思って居たけど、彼女にも自分のような独占欲の塊みたいな男がいるらしい。気にはなったけどセクハラになってもいけないので何も聞かなかった。そうこうしているうちに他のメンバーも到着する。
「じゃあ、行きますか。」
頭を切り替えて仕事へと向かった。会議は特に心配するような事は起こらず、午後には無事に帰社した。いつも通りデスクワークをして定時を迎える。
「名前ちゃん、準備できた?」
そんなに静まり返っていた訳ではないのに、そう呼ぶ女性の声が耳に届いた。その声が発せられる方を追うと、若手エースの席に辿り着く。同期らしく仲良さそうに話しながら荷物をまとめ、お先に失礼します、とオフィスを出て行った。気付けば社内データベースを開いて検索していた。目当ての人物を見つけ、そこに並んだ名前に動揺する。基本的に苗字で呼ばれているから記憶に残っていなかったそれは、偶然にも彼女と同じ名前だった。
「まさか、ね。」
同じ名前。同じ香水。見覚えのあるキスマーク。確かに苗字も色白ではあるけど、見た目がそもそも全然違う。女は化粧で化けるとは言うが、雰囲気が違う。確かめる術はない。まさか部下に服を脱いで貰って自分が身体中につけた印がないか確認する訳には行かない。かと言って連絡先すら知らない彼女の方に確認する事も出来ない。気にはなるけど手詰まりだった。