02

俺に会いたかったらいつでも来ていいよ、と言ってくれた男の子が私の部屋に入り浸るようになったのはいつからだったか。最初は先輩が何か私に渡すものがあって託けたのがきっかけだった気がする。非番でゴロゴロしていると何処から聞きつけたのか玄関のチャイムが鳴って彼が来てくれる事が増えていた。一緒にお昼寝したり読書したりして過ごす事もあったし修行に出掛けることもあった。今日も例外ではなくお昼過ぎに来た彼を部屋着のまま招き入れた。何か飲むかと問うとコーヒーを頼まれた。いつの間にそんな大人びた物を飲むようになったんだろうか。冷蔵庫にストックされているオレンジジュースはある時から一向に減らなくなった。砂糖とミルクを机の上に乗せたのに彼はブラックのまま飲んでしまった。私はミルクを入れる。酸味の和らいだコーヒーに少しずつ頭が起こされて行く感覚がする。それでも一度ソファに腰掛けてしまえば立ち上がるのは至難の業だ。ソファに根が生えるんじゃないかと思うくらい深く腰を下ろしている。

「修行付き合えよ。」

隣に座った彼がコーヒーを飲みながらそう言った。一度カップを机に置いたかと思うと何も言わない私を見て来た。可愛い可愛い男の子の面影が少しずつ薄れていく。それがなんだか寂しかった。少し成長した彼は以前のようなマスコット的な可愛さはなくなってしまったが、こうやって変わらず慕って来てくれるのが実は嬉しい。何も言わない私に、聞いてんのか、と眉間に皺を寄せて訊ねてくる。先輩は相変わらず忙しそうだしまた断られ続けているのだろう。ツンツンと何度かスウェットの端を持って引っ張られて、それがすごくツボだった。前言撤回。やっぱ可愛いな。

「しょうがないな。いいよ。」

ふっと表情を柔らげた彼が、早く着替えろ、と立ち上がらせてくる。寝室に押し込まれるようにして入れられ渋々忍服に手を通した。リビングに戻るとサスケくんはもう靴を履こうとしていて私も玄関に向かった。私の家から近い演習場は他の人が使って居たので少し離れている所へと向かった。修行の内容も段々成長している。最初は飛び道具の的当てだったのが分身や変化の術の練習になって、火遁の練習になって、最近では組手をする事が増えていた。男の子とはいえまだ下忍だ。気楽に構えていた私に、手加減しなくていい、と言って攻撃を強めて来た。私も負ける訳にはいかない。いつもより緊迫した組手をしてどれくらい経っただろうか。仰向けに寝そべったサスケくんを見下ろすと悔しそうな顔をした。

「大人気ないぞ。」
「手加減しなくていいって言ったのサスケくんじゃん。」

くすくすと笑いが溢れて寝そべる彼の隣に腰を下ろした。前に修行を見た時よりも上達していて思わず余裕がなくなってしまったのが格好悪い。大人気ないと彼が言うのも無理ないくらい、最後は負けたくない一心で半ば本気を出してしまった。彼も先輩のように優秀な忍になりそうだなと思った。

「こんな所に居たか。」

任務帰りだろうか先輩が私達に歩み寄りながら声を掛けてきた。サスケくんがパッと上半身を起こす。

「先輩、お疲れ様です。」
「あぁ。また名前のとこに押し掛けてたのか。」
「名前は誰かと違ってちゃんと修行つけてくれるからな。」

むすっとむくれて顔を背けた隣の子を見て笑みが溢れた。本当は先輩が迎えに来てくれて嬉しい癖に。素直じゃないな。

「母さんがサスケが帰ってこないって心配してたぞ。」
「まだ18時じゃねーか。子供扱いするなよ。」

薄暗くなった空にそういえばそんな時間か、と今更思う。

「ごめんなさい、先輩。私の方が熱中しちゃって時間忘れちゃってました。」
「…はぁ、あんまり甘やかしてやるな。」

溜息をついた先輩がサスケくんの腕を引っ張って立ち上がらせる。喧嘩に発展しそうだったから口を挟んじゃったけど、それが不服だったのかサスケくんが睨んで来た。私善意でやったんだけどな。損な役回りだ、と不満に思いながら腰を上げる。

「名前も、飯食ってくか。」
「え、いえ。ミコトさんには謝っておいてください。」
「今更何遠慮してんだよ。行くぞ。」

私の返答を聞く前にサスケくんが手を引いて来た。小さい時にはそれこそよくされていた事なのに先程の修行で成長を感じた後だからなのか、むず痒い感じがした。断れない私を先輩が笑顔で見てくる。

「溺愛だな。」
「…先輩にだけは言われたくないですけどね。」

先輩に軽口を叩く私をサスケくんが引っ張ってくる。はは、と軽快に先輩が笑う声が響いた。いつも通りお言葉に甘えて夕飯をご馳走になった後、ミコトさんに言われてサスケくんが素直にお風呂に向かった。先輩と二人で近況報告をする。隣国の情勢が想像以上に緊迫しているらしい。これからは休みも取りづらくなるだろうな、と少し残念に思った。

「サスケの修行、いつも見てもらって悪いな。俺も見てやりたいとは思ってるんだが。」
「分かってますよ。多分サスケくんも。」
「どうだ、成長してるか?」

サスケくんの話をする時の先輩は本当に同一人物なんだろうかと疑いたくなるほど優しい顔をする。

「そうですね。今日も組手してたんですけど、ちょっと余裕なくなっちゃって手加減できなくて、大人気ないぞって言われちゃいました。」
「はは、そうか。それは楽しみだな。」

次に修行する時が楽しみなのか、将来が楽しみなのか、先輩はそう言った。

「一人暮らしの女の家に行かせるなんてどうかとも思うんだがな。」
「本人は何とも思ってないと思いますよ。」
「…それが困るんだろう。」

本当に困ったように微笑まれる。別に年端もいかない少年を取って食べたりしないのに。心配性だなと思う。

「何が困るんだ?」

もう髪を乾かしたのか、眠たそうに欠伸をしながらやって来た少年が隣に座って来た。欠伸がうつってしまって両手で口を覆う。先輩が苦笑した。

「いや。修行はどうだった?」
「別に。」

珍しく疲れたらしい彼はゴロンと私の膝の上に頭を置いて寝転がった。高飛車な猫に懐かれたみたいだ。さらさらの髪を撫でてやると気持ち良さそうに目を閉じた。

「サスケ、寝るなら部屋に行け。」
「あぁ。」

しっかりと返事をしながら彼は動こうとしない。気持ち良さそうに眠る彼の様子を見てもう一度欠伸が出た。