温泉でだいぶ時間を潰して部屋に着くと入り口から溢れた部屋の明かりが仄暗くなっているのが分かった。もしかしたらもう寝ているのかもしれない。好都合だと思った。彼にガキだと揶揄されるのもしょうがない。こんな時にどうしたらいいのかさえ分からなかった。そっと部屋のドアを開けると彼の姿はなかった。代わりに目に入ったのは二つぴたりと並べて敷かれた布団。どきりとする。そっか、男女二人で温泉宿に泊まるなんて、そういう関係の人たちしか来ないんだ。「ガキには興味ない」と言った彼の言葉の意味がわかった気がした。私が怖がらないように気を遣ってくれていたらしい。今更バクバクと心臓がなった。確かに気配はするのに姿が見えないのでキョロキョロと見渡していると、ふと窓から部屋の露天風呂に人がいるのが見えた。こちらに背を向けて座る背中は広くて白い肌が必要最小限につけられた照明で照らされている。もしかして、昼間私が入っていた時も此処から見えていたんじゃないだろうか。急に顔が熱くなった。あの時、声を掛けにきた彼は私がそんなことに気付かず風呂に浸かるのを心配して呼びに来てくれたのかもしれない。それにサイテーと声をかけた私の方が周りの見えていないサイテーじゃないか。溜め息を吐く。一つ気付くと他の行動にも意味があったんじゃないかと思えてくる。はだけてたのも態とだったりして、と。ちゃんと自分は私とは違う性別だとガキな私に教えるように。不器用な優しさを理解して急に胸が切なくなる。そういう所が好きだった。兄と一緒にいたその人は冷徹で非情に見えて人一倍気遣いのできる人で、その優しさを好きになったんだった。思い出して恥ずかしくなって両手で顔を覆い窓に背を向けて座り込む。
「なんで。」
ぽつりと呟いた疑問詞。彼の行動も意図も、私には分からない。兄に頼まれたからって、わざわざ来るだろうか。もし里外任務に出ていて帰り道だったからって、7つも下の子と泊まりに来るだろうか。期待してしまう。本当は私と同じ気持ちなんじゃないだろうかと。
「先寝ててよかったのに。」
悶々と考えていると低い声が響いた。部屋に入って来てバスタオルで濡れた髪を拭く姿に見とれて慌てて目を逸らした。
「シカトかよ。」
「違、待ってたの。サスケくん。」
「そりゃどうも。」
そう言って意に介した様子もなく飲み物を取りに行く。私とは違って落ち着き払っている。風呂長ぇよ、とか、こんなに何もしない休日は初めてだ、とか余裕綽々で私に話しかけてくる。その彼がグラスに入った水を飲むときに喉仏が上下に動いたのが見えて、思わず自分の手元に目線を戻した。
「布団、どっち?」
「え?私はどっちでも。」
私の言葉を聞いて彼は自分に近い方の布団の上に倒れこむように仰向けになった。ポカンとその様子を見る。視線を感じたのか此方をちらりと見上げて来る。
「なんだよ。」
「サスケくん、なんで来てくれたの?」
空いていた布団に乗って正座し彼の顔を覗き込むようにして問いかけた。彼は私から視線を外して上を向く。
「なんで、って、言っただろ。お前の兄貴に頼まれたんだよ。」
「でも断ることもできたよね?」
「…何が言いたいんだよ。」
寝返りを打ち私に背を向けてしまった。いつもの、里にいる時みたいに若干不機嫌なオーラを纏っている。次に私が言う言葉を分かってるみたいだった。
「私、サスケくんのこと、好き。」
「あぁ。」
「サスケくんは?」
返事の代わりに溜息が聞こえて来た。さすがの私でも心が折れそうになる。鼻の奥がつんとするのを誤魔化すように彼の背中を見つめた。
「お前の好きっていうのは、そういう好きじゃねーんだよ。」
「、そういう好きって?」
くるりとこちらを向いて肘を立てた彼と目が合った。私を捉えた目はシカ兄と同じ目だった。妹を見るような、自分より弱い者を見守る目だ。
「恋愛感情じゃなくて憧れ的な奴なんだよ。」
「なんでサスケくんにそんなこと分かるの?」
「なんでって、お前、5、6歳の時からずっと言ってんだろ。」
「だから、ちゃんと16歳になったから改めて言ってるの。」
「16はまだ子供だろ。」
「でも結婚できるもん。」
一瞬彼の目が揺れた。付き合ってもいないのに結婚という言葉を出すのは重いと思うけど、現実を知って欲しくて口にした。そうだな、とだけ言って背を向け、彼はそれ以上何も言わなかった。興味ないとかいい加減にしろとか、散々言われて全然気にした事なんて無かったのに急に胸が締め付けられるように痛んだ。口悪く拒否されるより優しく諭されるのがこんなに辛いと思わなかった。私は彼にとっては妹同然なんだろうか。こんなに好きなのに。お祭りで見たカップル達の幸せそうな顔が浮かんだ。私が憧れるあんな関係にはなれないんだろうか。涙が頬を伝った。