05

彼女が退院してから昼休みや帰り、ふとした時に会うことが格段に増えた。

「ストーカー?」
「んな訳ねーだろ。」

昼休みに弁当を広げる彼女は俺と鉢合わせると次の日にはその場所を避ける。それでも毎日会う事の意味にはとっくに気付いていたようだ。

「話し相手になってやろうと思ってよ。」
「お気遣いありがとうございます。でも間に合ってるんで。」

うんざりしたように言いながら弁当に箸を運ぶ。その隣に並んで自分も弁当を広げた。諦めたのか、本心では嫌ではないのか、隣に座り込んでも今日も何も言われなかった。

「自分で作ってんのか?」
「…奈良は?」

彼女の手にあるデッドスペースを極力無くすように詰められた弁当を見て、こんな効率重視した弁当あるかよ、と可笑しくて笑う。それに気付いたのか隠すように傾けられた。

「俺のはお袋が。」
「早く親離れした方がいいよ。マザコンって彼女に一番引かれるよ?」
「幸いなことに彼女いねーから自由なんだよ。」

へー、と興味なさそうに返事される。水筒を取るために手から降ろされた弁当箱に箸を伸ばす。綺麗に巻かれた卵焼きを1つ頂戴した。茶を飲む彼女はまだ気づいていないようだった。

「塩っぱい派か。ウチも。」
「当たり前のように食べないでよ。」
「弁当作ってくれる奴がいたらお袋に頼まなくても済むのにな。」
「…作らないからね?」
「可愛くねーな。」

自分らしくないくらいに押してるけど相変わらず跳ね返されてしまう。

「何かあったの?急に、こういう、」

目は合わせずお茶を飲みながら言いづらそうに聞かれた。違和感は感じていたらしい。漸く訊ねられた問いに内心ほくそ笑む。

「あの時の暗号、全部読んで見たんだけどよ、」

俺の言葉に面白いくらい隣の肩がびくりと上がった。間違いじゃなかったらしい。ポケットに突っ込んでいた紙切れを取り出すとそわそわし始めた。

「対局最後の盤、ちゃんと思い出してみた。お前あと3手で詰めようとしてただろ?その時の王手の位置をシミュレーションして見たんだけどよ。」

カタカタと弁当箱を片付ける音が聞こえる。焦っているのか時々ガチャンと大きな音がする。

「この文字の場所なんだよな。」

そう言って好と書かれた所を指差す。動作を止め紙に視線を落とした彼女の耳が赤くなる。

「言い逃げはねーだろ。」

まだ俯いてる彼女の頬を掌で包んで持ち上げると、顔を真っ赤にして目を潤ませている。

「あ、あの時は、生きて帰れるか分かんなかったから、咄嗟に書いて、」
「何だよ、間違いだって言うのかよ?」

紙を取り返そうとしていた手が止まった。どうするか考えているらしい。何手でも好きなだけ考えろ。その分こっちも切り返してやる。

「間違ってない、です。」

観念したのか素直に認められた。ふぅ、と一度大きく息をして此方を真っ直ぐに見られた。

「好きです。」

それは想定外で固まってしまう。暗号で隠れメッセージを見つけた時よりも大きく心臓が脈打つ。彼女は俺が何か言う前に目を逸らして立ち上がってしまった。背中を向けた其奴はすっかり熱を持った頬を両手で挟んでいる。そして立ち止まることなく屋上のドアへと向かっている。

「だから言い逃げすんなって。」

追いかけて腕を掴んで此方を向かせる。不安そうな表情を必死に隠そうとしているのが分かる。それが無性に可愛いと思った。

「俺も。」
「え?」

至極驚いたように見られた。

「え?嘘、いや、奈良がそんな事言う訳、誰?変化?」
「お前まじ失礼だな。」

強引に引き寄せて腕の中におさめると大人しく抱き締められている。

「んな捻くれ者理解できんの俺くらいしかいねーだろ。」
「…すごい自信。」
「じゃあいい。」

パッと体を離すと慌てて引き止められた。遠慮がちにベストの裾を引っ張ってくる。

「少しは素直になれよ。」
「善処します。」

呆れたように笑うとぎこちなく抱きついてきた。そう来るとは思ってなかったから一瞬固まってしまう。思い出したように背中に手を回すと擽ったそうに擦り寄ってくる。それが嬉しいと思って、いつの間にそういう対象として見ていたのだろうかと驚いてしまう。ふと彼女が体を強張らせた。

「どうしよう、イノちゃんとチョウジくんが見てる。」
「、まじかよ。明日には上忍中に広まるぞ。」

言われて気配を探ると間違いなく幼馴染だった。本気で気配消してやがったな、あいつら。

「友情のハグ路線で100通りくらい考えて見たけど不自然すぎて逆に怪しすぎる。」
「俺も200通りくらい考えてみたけど無理だな。」
「…こんな時に張り合わないでよ。」
「事実なんだからしょうがねぇだろ。」

ムカつく、ちょっと頭良いからって、と俺から離れて憎まれ口を叩かれる。ニヤニヤ笑ってたイノとチョウジが顔を見合わせて首を傾げたのが見えた。そういう事か。ドアの方へ向かう彼女に声を投げかける。

「悪かったな、今度から条件設定してくれたらその範囲内で考えてやるよ。」
「はぁ?ハンデですか。頭良いって言ってもIQ20分だけだよね?そんな余裕あるの?」

ガチャと勢いよく半開きのドアを開けてイノとチョウジと鉢合わせた彼女を見守る。機嫌悪そうな其奴に幼馴染の方が根を上げたらしく、曖昧に笑って遠ざかっていった。ドアを閉めて此方に戻ってくる。

「…なんで分かっちゃうかな。」
「知らねーよ。分かっちまうもんは仕方ねぇだろ。」

あまりに嬉しそうに言われるからこっちの方が照れてしまう。顔を背けると手をとって握られた。其方を見ると恥ずかしそうにしながらはにかんでいる。

「じゃ、また。」
「お、おう。」

ドアに消えていった姿を暫く見送っていた。自分より小さな手の感覚がまだ残っている。今のは反則だろ。